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2018年7月

2018年7月30日 (月)

英霊の聲

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図書館に本を返しに行って、新たに借りてきたのがこれです。

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三島の本が読みたいと書棚をめぐっていて、

目に飛び込んできたのが「英霊の聲」でした。

「などて天皇(すめろぎ)は人間(ひと)となりたまいし」

この一文だけで胸が締め付けられ、今すぐ読みたいという衝動を抑えつつ、

とりあえずは主婦業をこなします。

あと、少々長文のブログ記事も書いておりまして、

そちらは8月1日にスタートさせる予定のアメブロで公開いたします。

こちらのサイトは引っ越しはせず、このまま残しておこうと思っていますが、

そのあたりはまだ未定です。

平成30年8月1日より、アメブロに移住しました。まだ途中ですが、新記事を公開しました。

https://ameblo.jp/tomiyo-takahashi/

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8月29日(水)に

「高橋とみよの政治夜話」
        ~赤坂見附酒肴会第20回~

開催いたします。勇者の参戦を待つ!

【テーマ】未定

皆様の参加をお待ちいたしております。詳細は下記URLへ。

https://peraichi.com/landing_pages/view/1034-20170118

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2018年7月29日 (日)

気持ちの沈む花火

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今日、隅田川の花火がありました。
マンションの屋上に上がるとご近所さんもそろっていて、
私たちにもお酒をふるまってくれました。
下町らしい人情に触れるとここに住めてよかったと思う反面、
ふるさと下田が強烈に恋しくなります。

台風12号は下田にも被害をもたらし、
田牛海岸の砂がさらわれたり、板戸の防波堤が壊れたり、
外浦にカジカが大量に打ち上ったり、
停電のところも多かったようです。
花火を見ながら、災害復旧の補正予算が組まれるのかなと思ったりしていました。

台風12号は四国から九州に向かっており台風が通過した地域も大雨が予想されています。
こうやって空を見上げている時に、先日の大雨で被災された地域にお住いの方々は、
辛いだろうなあと…気持ちが沈む花火のひと時でした。

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8月29日(水)に

「高橋とみよの政治夜話」
        ~赤坂見附酒肴会第20回~

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2018年7月21日 (土)

集団浅慮に、断固反対。東京五輪の10月開催を強く望む

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日本各地で命に関わる危険な暑さが続いています。
連日天気予報では「用事がない限りは外出を控えてください」とアナウンスをしていますが、
消防庁の発表によると、7月9日~7月15日までの全国の熱中症で救急搬送された人は、9956人だったそうです。
またつい先日は愛知県の小学生が、校外学習中に熱中症で亡くなるという痛ましい事故もありました。

古来、日本の夏は風鈴の音を聴いて涼を感じる風情もあったはずなのですが、
今は命が危険に晒される季節になったということです。

そうした中、2020年の東京オリンピック大会の開催日程が報じられました。

東京五輪の競技スケジュール大枠決定 暑さ考慮した日程に

(NHK NEWS WEB 2018年7月19日 0時04分記事一部引用)

2年後の東京オリンピックの競技スケジュールの大枠が決まり、陸上のマラソンが午前7時にスタートするなど一部の競技で開始時刻が前倒しされ、厳しい暑さを考慮した日程となりました。

東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の森会長は、IOC=国際オリンピック委員会の理事会に出席したあと取材に応じ、「理事会では異論はなく、『計画段階から運営段階へと確実に移行していると明確にわかった』と評価された。アスリートの調整にとっては、日程が決まるのは非常に大事なことであり、大会の準備をする人たちにとっても、いよいよ本格的に動き出すということだ」と話しました。

・・・(転載ここまで)・・・

スケジュール決定に至るまでは様々な検討がされただろうとは思います。
ボランティアスタッフの参加が見込まれる夏休みシーズン突入であるとか、お盆や終戦記念日を避けるとか。あるいは台風シーズンを避けるとか。

それでも納得できないのは、なぜ危険な日程を組むのかということです。
日本の夏が現在のような猛暑、酷暑の様相を呈する以前から、もっとも気温が高い時期です。
日本にいる私たちですら参っている現状なのに、コンディションに不慣れな海外選手を慮ると、決定された時期の気候は劣悪と言わざるを得ません。
たとえば、軍事アナリストの小川和久・静岡県立大学特任教授はツイッターで次のような指摘をされています。

https://twitter.com/kazuhisa_ogawa/status/1019921378022109185
「昨日、国立競技場をメディアに公開。日本スポーツ振興センター側は、エアコンは設置しないが「風が入りやすい構造で、皆さんも体感できていると思う」とコメント。メディアが持ち込んだ温度計は40〜42度。体感したよ(怒)このバカさ加減と無責任さを問題意識をもって伝えたメディアはなかったような。」

軍事だけでなく危機管理の第一人者でもある氏の言葉は重いです。
私も全くもって同感です。
そして、気候が真夏よりは穏やかになるであろう10月開催への日程変更を強く望みます。

今から半世紀前の1964年、最初の東京オリンピックは秋晴れの空の下で開催されました。
航空自衛隊のブルーインパルスが大空に鮮やかな5輪を描いたのは10月10日の開会式で、これが体育の日のルーツとなって現在に至ります。
当時の人たちは、大会開催にうってつけの季節を知っていたわけです。

Gorin

ところが今回の五輪では、招致の段階から間違っていました。

立候補ファイル 第1巻(PDF:18.1 MB) - Tokyo 2020

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h ttps://tokyo2020.org/jp/games/plan/data/candidate-entire-1-JP.pdf

>この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である。また夏季休暇に該当するため、公共交通機関や道路が混雑せず、ボランティアや子供たちなど多くの人々が参加しやすい。

東京五輪招致のために、世界に向かって大嘘をついたんですよ。
我が日本は!

当時の東京都知事である猪瀬直樹さん、そして日本オリンピック委員会会長の竹田恆和さんに、私は聞きたい。
先人の知恵を顧みることもなく、敢えて猛暑の日程を組んだのはどういうことか。
国際社会にもあらぬ疑いをもたれる可能性を、組織委員会の方々はどこまで考えておられたのか。
この嘘が日本の国益を損なうと思わなかったのか。

開催国はわが国のコンディションでもあることから、日本選手団にとってメダル獲得の追い風になることは想像に難くありません。
まして、他国の選手団にとって最悪のコンディションならばどうか。考えるまでもないでしょう。

「日本は、そこまでして獲得メダルを増やしたいのか。他国の選手が猛暑で喘ぐのを横目で見ながら」

私ならば、そんな疑念はまっぴら御免です。
日本の戦い方は、本来は正々堂々が信条のはず。
勝つためにはなりふり構わぬという姿勢が国際社会でどのように見られるのか。それは過日のサッカーW杯でも明らかでしょう。
猛暑の中での開催は、私にしてみればそもそもスポーツマンシップに反するように思えてならないのです。

もしも今からの日程見直しを阻むものがあるとしたら、それは何か。
一度決まってしまったからには変えられない、という「集団浅慮」ではないでしょうか。あるいは「同調圧力」。
こうした日本特有の悪しきメンタリティを打ち破ることが、今回の日程変更には必要です。

今からの日程変更は、私が考えるほど簡単ではないかも知れません。
それでも、1年後はもっと大変になります。開催の半年前ならば、もはや絶望的でしょう。
ならば、敢えて今の時期にこそ、JOCには日程変更の英断を強く求めます。

快適な季節を選ぶか、それとも灼熱地獄を選ぶか。

正々堂々と戦うか、逆に卑怯者の誹りをあえて採るか。

先人の知恵に学ぶか、それとも愚を演じるか。

皆さんは、どちらを選びますか。
私は集団浅慮に断固反対です。
さわやかな秋晴れの空の下、東京五輪の10月開催を強く望みます。

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8月29日(水)に

「高橋とみよの政治夜話」
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2018年7月16日 (月)

想いを連れて靖国へ。平成最後の「みたままつり」

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この三連休の合間、東京九段・靖国神社で毎年開催される「みたままつり」へ出かけて参りました。

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毎年ささやかな献灯を行なっているのですが、今年は事前の申し込みが間に合わず、お参りもかねての当日申込みへ。
近隣の公益財団法人・偕行社への届け物を済ませ、その足で神社へと向かいました。

日ごろは冷たく感じる手水も、折からの猛暑で温かくなっています。
それでも、いつものように両手をすすぎ、風にさらすと心地よい。
一路、境内へと進みます。

いつも通い慣れた神社ながら、この日の参拝は私にとっても特別でした。
ある防人の想いとともに訪れたのです。

きっかけは、弟からのメッセージでした。

「仕事先の熱海で、軍人さんのゆかりの品を預かることになってさ。姉ちゃん、なんとかできないかな」

送られた写真数点、調べてみたら意外な人物でした。

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松井岩根(まつい いわね)・陸軍大将。

日中提携によるアジア保全を唱えた先覚者・荒尾精(あらお せい)を信奉し、生涯をかけて取り組んだ武人です。
晩年は私と同じ伊豆半島、熱海の興亜観音傍で過ごされました。

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そんな松井大将ですが、GHQによる極東軍事裁判、いわゆる東京裁判で南京事件の中心的な人物(自らが司令官を務めた中支那方面軍が南京で起こしたとされる不法行為について、その防止や阻止・関係者の処罰を怠った)としてB級戦犯に指定され、巣鴨の露と消えました。
この判決について、ジョセフ・キーナン検事は、『なんという馬鹿げた判決か!松井の罪は部下の罪だ。終身刑がふさわしいではないか』と判決そのものを批判しています。

政治学者の丸山眞男は1964年(昭和39年)、みずからの論考「軍国支配者の精神形態」の中で、同裁判における松井大将の尋問に対し、次のような評を残しています。

・・・・・・・・
検察から部下(兵士)の暴行の懲罰について努力したかと尋問されると、松井は「全般の指揮官として、部下の軍司令官、師団長にそれを希望するよりほかに、権限はありません」と証言した。
「自己にとって不利な状況のときには何時でも法規で規定された厳密な職務権限に従って行動する専門官吏になりすますことが出来る」のである。
・・・・・・・・

丸山が松井大将の証言を「権限への逃避」と酷評した一方で、牛村圭・国際日本文化研究センター教授は「道義上の責任」と「法律上の責任」を区別した明瞭なものであるとしています。
また丸山眞男の論についても「松井の人格を歪曲する削除を加え、予断と先入観を、恣意的と呼んでいい論証法を用いて押し通そうとした。このような論法につき、丸山眞男は<道義上の責任>を感じてしかるべきであろう」と批判しています。

丸山眞男によって貼られた汚名のレッテルを悔しく思う一方で、牛村教授のような再評価もあることに、歴史を正しく捉えることの大切さを痛切に感じます。
また、近現代の研究者の心意気も捨てたものではないと改めて感じます。

弟は松井家の関係筋の邸宅で、解体の仕事の際にゆかりの品々を見つけ、何とかならぬものかと私に連絡を寄越してくれました。

「何というか、「帰りたがっている」感じがするんだよ」とは弟の弁。

私自身も靖国では数年前に夫婦の誓いを立てたこともあり、夫を通じてゆかりの品々を受け容れていただくことはできないかとお願いしてみました。
残念ながら遺族からの申し出でなければ現在は受け入れ自体もままならないとのことでしたが、品々に残された想いはどうにかして連れていきたい。

そうして臨んだのが、平成の時代最後になるであろう今回の御霊祭でした。

日ごろは246万余りの御柱に捧げる祈りも、今回ばかりは「たった一人」のために手を合せます。
いつもより少し長く、静かに本殿奥のご神体と向き合いました。

数年前、下田市議会議員を務めていた時のホームページに

「あなたとの約束」と題した一文を掲載しています。

ある意味で今回の参拝は、松井大将との約束だったのかもしれません。

最後に松井岩根大将ですが、刑の前には次のような辞世を残しています。

・天地も人もうらみずひとすじに 無畏を念じて安らけく逝く

・いきにえに尽くる命は惜かれど 国に捧げて残りし身なればく

・世の人にのこさばやと思ふ言の葉は 自他平等に誠の心

辞世に込められた想いをしっかりと受け止め、私も日々を過ごして参ります。

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・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

7月18日(水)に

「高橋とみよの政治夜話」
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【テーマ】候補者男女均等法は必要か?

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2018年7月14日 (土)

歴代天皇の詔勅を読む

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昨日、明治神宮の武道場で勉強会がありました。

こちらの方の勉強会です。

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光格天皇と孝明天皇の詔勅を資料に、天皇のお気持ちはどこにあるのかというお話を伺いました。
その資料の出典は『みことのり(出版・錦正社)』という本で、3万円もします…
とても買えませんけれど、素晴らしい本だと思います。
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なぜならば、日本の歴史そのものがわかるからです。
神武天皇から明治天皇までの122代、日本の大転換期には、
天皇が多くの詔勅を発しています。
時に多いのが孝明天皇と明治天皇だそうです。

天皇の詔は、国民に向けて発するものがほとんどなのですが、
時として政府に向かって叱責されることもあったようです。
私も学びの入り口に立っただけなので、自分の考えを披露することもかないませんが、
読者の皆様への情報共有として、記事をUPした次第です。

『みことのり』は文語体で書かれていてとても読みにくいので、
誰にでもわかるような現代的な、子供にもわかる表現で書かれたものが出版されるといいなあと…
ただ、売れないだろうなぁ…

もしかしたら図書館に所蔵されているかもしれませんので、
ご興味のある方は問い合わせてみてくださいませ。

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7月18日(水)開催。勇者よ!参戦を待つ!

「高橋とみよの政治夜話」
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【テーマ】 未定

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2018年7月10日 (火)

歴史から学ぶ、命を守る政策

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平成最後の年に最悪の被害をもたらした西日本豪雨、
お亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りするとともに、
被災された皆様にお見舞いを申し上げます。

蔡英文台湾総統が温かいメッセージを寄せてくださいましたが、
早速台湾の外交部は、日本円にして2000万円の義援金を寄付することを表明されました。
「自然災害が起きるたびに支え合ってきた日本が深刻な被害を受けたことを案じている」
「被災地が一刻も早く再建され日常の生活が戻るよう願っている」と発表しています。
東日本大震災の時も、熊本地震の時も、いつも日本に心をよせてくださって、
台湾の皆さん、本当にありがとうございます。

自衛隊の皆様にも、頭が下がります。
自衛隊が駆け付けてくれることで、被災された方々がどれだけ心強く思ったことでしょう。
今回の災害の活動状況写真が掲載されています。
ぜひご覧ください。
   ↓
http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/h30_ooame/photo.html

この災害の1週間ほど前、図書館でこんな本を借りてきました。
Img_0821

江戸時代の激甚災害を記した古文書を読み解いたものですが、
昔から日本は大変な災害に見舞われ、そのたびに為政者と村人が力を合わせ、
苦難を克服しながら復興してきたことが綴られていました。

今回の豪雨では、比較的早い段階から、
注意を促す報道がされていたように思いますが、
このところの気象は私たちの想像をはるかに超える、
「50年に一度」「100年に一度」とい雨を降らせます。
したがって、避難するタイミングを計ることが難しいのではないかと思います。
そして避難所も危ないという、避難できない地域というのも存在するのではないでしょうか。
これからの防災計画というのは、歴史に学びつつ、
それを遥かに超えるであろう災害を予想し、計画を立てなくてはならないように思います。

日本は災害列島です。浮ついた政策より、人の命を守る政策をと願ってやみません。

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7月18日(水)開催。勇者よ!参戦を待つ!

「高橋とみよの政治夜話」
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【テーマ】 未定

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2018年7月 5日 (木)

くまモン、よかったね!創建の熊本応援。

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熊本地震から2年2か月、地震で全壊した白山姫神社を、
大阪の建設会社『創建』が無料で建設をするそうです。

h ttps://www.facebook.com/kksoken/videos/1770841453008455/?hc_ref=ARTCCvFSIexRhDIBuhZjrNHIU0xRP9TjNpOBeOF5kMgoz4YmXsITvWNGiURI_07uVu8

フェイスブックの動画によると、560年以上の歴史のある白山姫神社は、地震で鳥居、拝殿、本殿土台の石垣が崩壊、
全国から寄付を頂くもテントで仮拝殿を造るのが精一杯だったそうです。
氏子も宮司も全員被災者ですから、生活再建もできていない状況で、
『創建』の申し出が大変ありがたいと言っていました。

『創建』のホームページには白山姫神社プロジェクトというページがあり、
詳細はそちらに掲載されています。(一部転載)

h ttps://www.k-skn.com/news/20180625.html

>2016年4月14日以降に発生しました熊本地震の際に、甚大な被害を負った熊本県益城(ましき)町に近い、西原村で、地域のシンボルとして親しまれていた白山姫神社(熊本県阿蘇郡)を無償で建築し、寄贈いたします。

 

>「神様の住む家」を建築するという事業

 

>神社の建て替え事業を通じて社会貢献していく

・・・(転載ここまで)・・・

熊本地震で熊本城の石垣が崩れ落ちていく様子が衝撃的でしたが、
この地震で傷を負ったのは熊本城だけでなく、
地域に古くから根付いた小さな神社も多く被災したことでしょう。
地域の心のよりどころとなている神社、
私にとっての下田八幡神社のような存在、
そういう神社に救いの手が差し伸べられたことは、とても嬉しい思いでいっぱいです。
くまモンもきっと喜んでいると思います。よかったね!くまモン!
行政では対応しきれないことはたくさんありますからね。

歴史を振り返ってみると、
建設業の人たちは災害となると、大きな力を発揮していたのではないかと想像しています。
というのも、安政の大地震の時、ふるさと下田も大津波の襲われ甚大な被害を受けましたが、
その時に下田に救いの手を差し伸べたのも、甲州の黒鍬の棟梁・天野弁蔵です。
(黒鍬とは、江戸時代の土木事業者の呼び名です)

【参考】
h ttp://tomiyo.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/2-c600.html

支援物資として米だけではなく、津波で流され何もないだろうと、
煮炊きする鍋まで送ってきたという逸話が残されています。
白米5百俵(30トン)、鍋176個、布団500枚という、ものすごい支援です。

日本は災害列島ですから、同じような逸話は全国各地に残されていることでしょうね。

あまり報道されませんでしたが、東日本大震災の時にも、地元の建設業者が大活躍をしました。
自衛隊や消防よりも早く、とにかく車が通れるだけのルートを切り啓く「道路啓開」を行ったと言います。
ご遺体を洗う水さえない中、ブルーシートに包み毎日毎日遺体安置所に運び、
火葬場が再稼働した後は、公園に仮埋葬されていた遺体を掘り起こす作業もしていました。
「俺たちがやらなくでどうする!」という使命感からだったのだと思いますが、
それができたのもバックホーなどの油圧ショベルカーを持つ地元建設業者だったからです。

融通の利く、小回りの利く、そして顔の見える中小建設業が、
生きていける政策を講ずるべきだと思います。
談合悪・一般競争入札善、という価値観から、公共事業から締め出された中小零細建設業の多くが廃業していきました。
そういう地域には、心意気はあっても道具がないのですよね。
それではどうにもなりません。
談合も一般競争入札も一長一短です…業者側に誠が在るか無しかですね。
行政側も多少コスト高になっても分離発注や、地元業者が請け負える規模に設計するという考え方も必要です。
赤字になるような入札価格で落札しても、他事業で赤字分が吸収できるのは大手だけなのです。

株主第一主義に陥った大手建設会社には、被災した地域を救うことはきないと思います。

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7月18日(水)開催。勇者よ!参戦を待つ!

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