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弟よ、誕生日おめでとう。

敦盛の一節。

「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか。」

信長が好んで演じたといわれています。

亡父は信長が好きで、「おりゃぁ、50年生きりゃあ上等よ」と、よく言っていました。

どうやらこういう意味ではなかったらしいです。

ウィキより

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E7%9B%9B_(%E5%B9%B8%E8%8B%A5%E8%88%9E)

「人間(じんかん、又は、にんげん)五十年」は、人の世の意。 「化天」は、六欲天の第五位の世化楽天で、一昼夜は人間界の800年にあたり、化天住人の定命は8,000歳とされる。「下天」は、六欲天の最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。信長は16世紀の人物なので、「人間」を「人の世」の意味で使っていた。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」は、「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない」という意味になる。現代において、「(当時の)人の一生は五十年に過ぎない」という意味としばしば誤って説明される場合があるが、この一節は天界を比較対象とすることで人の世の時の流れの儚さについて説明しているだけで、人の一生が五十年と言ってるわけではない。

・・・(転載ここまで)・・・

解説によれば

>人の世の時の流れの儚さ

という意味で使われていたそうなので、

今の自分に当てはめてみれば、やはり限りある命という時間は有効に使いたいと思います。

今日50歳を迎えた弟よ。

少しは体を厭い、親死ね・子死ね・孫死ねの順番は守る努力はしなさい。

50で死んでもいいと言っていた亡父が、

古い河井病院の畳ベッドで「孫の成人式まで生きてえなあ」と、言っていたことを思い出しましたよ。

そういえば、

「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」の一節を、
手帳に貼っていた旧友の命日が、もうすぐだということも思い出しました。
もう15年。

びっくりぽんやわ~

ま、そんなわけで、弟よ、誕生日おめでとう。
命がけで産んでくれたお母さんに、感謝しなさいよ!

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