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自虐史観は国を滅ぼす。つまり、安心して任せられるのは、田母神さんだけなのよ。

読者の皆様、拙ブログへの訪問とポチ押し応援有難うございます。皆様のポチ押しやツイートが、田母神応援、結果として投票行動に結びつくことを祈りつつ、日々の更新です。「皇国の興廃この一戦に在り」の想いを、皆様と共有できたらと願っております。

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当たり前のことをするたびに火病を起こす韓国ですが、
竹島を日本の領土と教科書に明記すると言ったら、
駐韓日本大使を呼び出し文句は言うわ、
市民団体が別所浩郎駐韓大使の公用車にめがけて塩やこしょう、玉ネギを投げつけようとしたり、
民度が知れますよねぇ。
心情的には「もういいです。危ないから韓国から帰ってきたほうがよいですよ。断交しましょう」と、言いたくもなりますね。

下村博文文部科学相は同日の閣議後記者会見で「固有の領土を子どもたちに正しく教えることは国家として当然。」と述べました。
下村大臣はかねてより、教科書問題に取り組んできました。
それがようやく日の目を見たというのは、やはり安倍政権になったからだと思います。
ですから「竹島は日本の領土で韓国が不法占拠をしている」ことを知らないまま、大人になった世代はとても多いのです。
ましてや昭和史などはほとんど勉強せず、「日本は天皇の下に他国を侵略するために戦争を引き起こした悪い国で、
戦争をやめろという連合国のいうことを聞かないため、アメリカが止むをえず原爆を投下しやっと戦争を終えることが出来た」と、
とんでもない自虐史観を押し付けられてきた世代が如何に多いことか!

さて、昨日のことです。
ボランティアさんの田母神応援サイト、2014ドットコムの第1話「日本は侵略国家だったのか」を、
20代の若者に紹介したところ、
「昭和史を学んでいない俺らには、よくわかんねえよ。
画像がいっぱいあるけど、何を意味してるの?」という疑問をぶつけられました。

「田母神論文って、大まかに言うと
『日本は今まで酷いことしてきたって言われてるけど
本当はそうじゃなくて、これだけ世界に平和的に貢献してきたんだよ。
でもなんだかんだ騙されたり仕組まれたりしてこうなったんだよ。
戦争だって悪いことだけじゃなくて、ちゃんと今の日本に繋がってるんだよ。
嘘とか捏造とか色々言われるけど、直接接した人たちは評価してるんだよ。』
ってことだよね?」

はい、その通りですよ。

「じゃ、あの画像はなんなん?」
そして、
「昭和史を学んでいないから、画像の意味が解らない」という、質問になったわけです。
実はお恥ずかしながら、私も解らない画像が幾つかありました。
自分の復習も兼ねながら、画像の簡単な説明を入れてみましたので、
今一度、田母神論文をお読み頂ければ幸いです。

今回の東京都知事選挙は、「田母神が都知事にならないと、日本は終ってしまう。」というくらい、大切な選挙です。
どうか投票に行ってくださいね。

宇都宮氏(共産党と社民党が推選しています)

外国人参政権推進派
自虐史観(性奴隷 への謝罪と賠償など)
靖国神社参拝反対

細川氏(民主党が推しています)
外国人参政権推進派
自虐史観(日韓併合は強制、第二次大戦は侵略戦争など)

舛添氏(自民党公明党が推選)

外国人参政権推進派
自虐史観(日本は中韓に悪いことをした、謝れなど)
靖国神社参拝反対

田母神氏(市井の良識ある人々の支援)

外国人参政権反対派
真っ当な歴史観
靖国神社参拝賛成というか、
航空幕僚長時代から、制服を着て靖国参拝。)

*****

【拡散希望】

ボランティアさんによる「田母神氏応援サイト」

「心臓を捧げよ田母神俊雄、

     東京そして日本の未来のために。」

http://www.tamogami2014.com/

「第12話 いざ直下型地震。その時動くのはまず都知事だ」

「第13話 16万5千人に捧ぐ(1/3)」

読者の皆様、素晴らしい応援サイトですので、ツイートして拡散してあげてくださいませ。m(_ _)m

そして応援サイトのトップ画像が、謎を呼んでいます。

進撃の巨人か、宇宙戦艦ヤマトか、それとも服務の宣誓か?

いつも有難うございます。

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下田市議会議員 高橋とみよホームページ

第1話 全ての原点「田母神論文」

日本は侵略国家であったのか
田母神俊雄(防衛省航空幕僚長 空将)

http://www.toshio-tamogami.jp/thesis/

アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。
これをアメリカによる日本侵略とは言わない。
二国間で合意された条約に基づいているからである。

我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。

日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。
現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。

これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

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(↑蒋介石)

この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。
邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。
これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。
これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。

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(↑コミンテルン)
コミンテルンとは、1919年結成の共産主義インターナショナルCommunist Internationalの略称。
ざっくり言うと、各国共産党を支部とする国際組織で、世界一党独裁を目指して暗躍している怖い組織です。

実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた。
1936年の第2次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り込んでいた。
コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。
我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937 年8月15日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻(ぼうれい)を膺懲(ようちょう)し以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。

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(↑近衛文麿このえふみまろ)
昭和12年から 三度日本の総理大臣になりました。

我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。
1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。
「マオ( 誰も知らなかった毛沢東)( ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論( 黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け( 櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている。

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(↑コミンテルン)

まるで世界をぶち壊している巨人のようですね。

日中戦争の開始直前の1937 年7 月7 日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。
しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争( 岩間弘、岩間書店)」

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(↑劉少奇)

もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。
当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。
我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。
満州帝國は、成立当初の1932年1月には3千万人の人口であったが、毎年100万人以上も人口が増え続け、1945 年の終戦時には5千万人に増加していたのである。

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(↑日本が多額のお金をかけ整備した満州帝国)

満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。
侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。
農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮半島も日本統治下の35年間で1千3百万人の人口が2千5百万人と約2倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。
日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。

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(↑朝鮮総督府統計年鑑)

戦後の日本においては、満州や朝鮮半島の平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。
しかし実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。

我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。
道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。
また1924 年には朝鮮に京城帝国大学、1928 年には台湾に台北帝国大学を設立した。
日本政府は明治維新以降9つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6番目、台北帝国大学は7番目に造られた。

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(↑日本のお金で建てた京城帝国大学)

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(↑日本のお金で建てた台北帝国大学)

その後8番目が1931 年の大阪帝国大学、9 番目が1939年の名古屋帝国大学という順である。
なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝鮮や台湾に帝国大学を造っているのだ。
また日本政府は朝鮮人も中国人も陸軍士官学校への入校を認めた。

戦後マニラの軍事裁判で死刑になった朝鮮出身の洪思翊(ホンサイク)という陸軍中将がいる。

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(↑洪思翊)

この人は陸軍士官学校26期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人である。

またその1期後輩には金錫源(キンソグォン)大佐がいる。
日中戦争の時、中国で大隊長であった。日本兵約1千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の中国軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。もちろん創氏改名などしていない。

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(↑金錫源)

中国では蒋介石も日本の陸軍士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。
1期後輩で蒋介石の参謀で何応欽(カオウキン)もいる。

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(↑何応欽)

李王朝の最後の殿下である李垠(イウン)殿下も陸軍士官学校の29期の卒業生である。

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(↑李垠殿下)

李垠(イウン)殿下は日本に対する人質のような形で10歳の時に日本に来られることになった。
しかし日本政府は殿下を王族として丁重に遇し、殿下は学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。

陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠(イウン)殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子(まさこ)妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。

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(↑梨本宮方子(まさこ)妃殿下)

もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠(イウン)殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。
因みに宮内省はお二人のために1930 年に新居を建設した。現在の赤坂プリンスホテル別館である。

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(↑李垠殿下と方子妃殿下)

また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀(フギ)殿下の弟君である溥傑(フケツ)殿下のもとに嫁がれたのは、日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

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(↑溥傑殿下と嵯峨浩妃殿下)

これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。
イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。
インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。
これはオランダ、フランス、アメリカなどの国々でも同じことである。

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(↑イギリスの植民地支配)

一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。

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(↑八紘為宇の精神)

人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に付されたのである。

現在の世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。

時間は遡るが 、清国は1900年の義和団事件の事後処理を迫られ1901年に我が国を含む11カ国との間で義和団最終議定書を締結した。

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(↑義和団)

その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2600名の兵を置いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。
また1915 年には袁世凱政府との4ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、いわゆる対華21 箇条の要求について合意した。
これを日本の中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。中国も一度は完全に承諾し批准した。

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(↑?画像)

しかし4 年後の1919 年、パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで対華21箇条の要求に対する不満を述べることになる。

それでもイギリスやフランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見た日本人・昭和編( 渡部昇一、祥伝社)」。
また我が国は蒋介石国民党との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。
常に中国側の承認の下に軍を進めている。

1901年から置かれることになった北京の日本軍は、36年後の廬溝橋事件の時でさえ5600 名にしかなっていない「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。このとき北京周辺には数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。

幣原喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の基本方針であり、それは今も昔も変わらない。

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(↑幣原喜重郎外務大臣)

さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に突入し3百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。
しかしこれも今では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。

実はアメリカもコミンテルンに動かされていた。
ヴェノナファイルというアメリカの公式文書がある。米国国家安全保障局(NSA)のホームページに載っている。

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(↑ヴォナファイル 米国公文書)

膨大な文書であるが、月刊正論平成18 年5 月号に青山学院大学の福井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。
ヴェノナファイルとは、コミンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信記録をまとめたものである。
アメリカは1940 年から1948 年までの8年間これをモニターしていた。当時ソ連は1回限りの暗号書を使用していたためアメリカはこれを解読できなかった。
そこでアメリカは、日米戦争の最中である1943 年から解読作業を開始した。
そしてなんと37 年もかかって、レーガン政権が出来る直前の1980 年に至って解読作業を終えたというから驚きである。
しかし当時は冷戦の真っ只中であったためにアメリカはこれを機密文書とした。
その後冷戦が終了し1995 年に機密が解除され一般に公開されることになった。これによれば1933 年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には3 百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇りつめたのは財務省ナンバー2 の財務次官ハリー・ホワイトであった。

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(↑ハリー・ホワイト)

ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。
彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。
当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを認識していなかった。
彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルンの工作を受け、戦闘機100 機からなるフライングタイガースを派遣するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。

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(↑Flying Tigers)
 義勇軍の名を借りた米国の対日戦闘部隊 機体にはNIPPONESE NEMESIS、日本に復讐と書いてあります

真珠湾攻撃に先立つ1 ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである。
ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。

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(↑ルーズベルト米国大統領)

さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。
日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ日米戦争を避けることは出来たかもしれない。
しかし一時的に戦争を避けることが出来たとしても、当時の弱肉強食の国際情勢を考えれば、アメリカから第2, 第3 の要求が出てきたであろうことは容易に想像がつく。
結果として現在に生きる私たちは白人国家の植民地である日本で生活していた可能性が大である。

文明の利器である自動車や洗濯機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。
しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。
強者が自ら譲歩することなどあり得ない。

戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

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(↑真珠湾攻撃の時の九軍神)

さて大東亜戦争の後 、多くのアジア 、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。
人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。
それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。

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(↑秋山好古、秋山真之 兄弟、そして小野田寛郎さん)

秋山兄弟は日露戦争で活躍しました。
東郷平八郎の名言「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」は、秋山真之の草案。
小野田寛郎さんは、大東亜戦争終結を知らず、30年もの永きにわたり、
フィリピンルバング島でたった一人で任務を遂行していた誇り高き軍人。

もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。
そういう意味で私たちは日本の国のために戦った先人、そして国のために尊い命を捧げた英霊に対し感謝しなければならない。

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(↑散華された特攻隊員)

そのお陰で今日私たちは平和で豊かな生活を営むことが出来るのだ。

一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。
戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。
当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。
やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。
亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。

しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。
現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難である。
日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地を保有している。
これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返ってこない。
ロシアとの関係でも北方四島は6 0 年以上不法に占拠されたままである。
竹島も韓国の実効支配が続いている。

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(↑「最後の国士」故・末次一郎氏)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E6%AC%A1%E4%B8%80%E9%83%8E

東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。
そしてそのマインドコントロールは戦後63 年を経てもなお日本人を惑わせている。
日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。
自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。
諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。

このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。

アメリカに守ってもらうしかない。
アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。
改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。

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(↑世界恐慌)

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(↑リーマンショック)

日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。

日本国民は20年前と今とではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。

日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日米同盟を否定しているわけではない。
アジア地域の安定のためには良好な日米関係が必須である。
但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであることが望ましい。
子供がいつまでも親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている。

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(↑アメリカ合衆国空軍儀仗隊の栄誉礼を受ける田母神俊雄空将。常装第1種夏服を着用し、右胸一番上に防衛功労賞を着けている。)

自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。
諸外国では、ごく普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き届かない。

今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている人が多い。
しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある。
タイで、ビルマで、インドで、シンガポールで、インドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。

(戦闘機に乗っている画像)

そして日本軍に直接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いことも知っておかなければならない。
日本軍の軍紀が他国に比較して如何に厳正であったか多くの外国人の証言もある。
我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。

日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。
私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。
人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。
日本の場合は歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいことであることがわかる。

嘘やねつ造は全く必要がない。
個別事象に目を向ければ悪行と言われるものもあるだろう。
それは現在の先進国の中でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。

(戦闘機に乗り込む画像 永遠の0かな?)

私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。
歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである。

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http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20140129-00000092-fnn-pol
しかし、民主党という政党は、何を考えているのでしょうか?
昨日も記しましたが、もう一度、いや何度でも!
え、民主党って韓国のセヌリ党だったんですね!?

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