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白地に赤く希望を染めて

出雲大社の大遷座、五輪の東京招致、そしてこのたびの伊勢神宮の式年遷宮と、日本列島はいっせいに灯を灯したような上昇気流です。むろん、問題は山積で浮かれてばかりはいられませんが、秋篠宮文仁殿下のあたかも昭和天皇を忍ばせる威厳と、黒田清子様のいかにも精進潔斎を経たお方の清浄で凛とした佇まいに、日本人ここにあり! の思いを
新たにした人も多いのではないでしょうか。

私の住む下田にペリーが黒船を率いて日本を威嚇、強引に要求を通そうとやって来たのは、1853年。極東の小国日本は周章狼狽、ところがわずか15年ですよ、明治維新が起こり近代化への道をひた走り、36年後には、世界一の強国ロシアを打ち負かしたのだから、日本人の底力ここにあり。
というと、戦争肯定論者と思われそうですが、違います。
あくまでも日本人の優秀さと、逞しさ、いざやる気を出した時の、官民打って一丸となったやる気の凄さを伝えたかったのです。

日本は第二次世界大戦で敗れたといえ、瞬くまの復興で世界を驚嘆させたではありませんか。やれますよ、また、きっと。目覚めさえすれば日本は素早いのです。

韓国が日本をいろいろ貶めて来ますが、ペースに乗らぬようにしましょう。日本は自国の歴史にきっぱりと自信を持つべきです。いろいろ、言いがかりを言われますが、韓国が李朝の呪わしい圧政からから開放され、近代化への道を歩み始めたのは日本の統治時代からです。これは単なる事実です。経済学者が真っ直ぐ物事を見るなら、日本の援助抜きにその後の韓国の、それなりの発展の説明がつかないはずですよ、漢江の奇跡という急成長を含めて。
 陰に日本国の多大の支援あり。

日本の敗戦を韓国は寿ぎますが、果たして長期的視野に立って、それが本当に韓国のためになったのか。1910年から1945年の間の日本統治は実は、李朝圧政からの開放という意味では楽園ではなかったのかと思われるのです。日本政府から莫大な資金が投入され、
インフラが建設され、病院、教育施設と短期で多大の変貌を遂げました。
最近話題になっていますが、朝鮮半島の歴史上初めてホテルを建てたのも日本です。
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しかし1945年、朝鮮から日本人たちが去った後、王家につながる一人の朝鮮人がハワイから舞い戻って来ました。その男の名こそは李承晩。日本統治時代に、アメリカにいた李承晩は、アメリカから韓国初代大統領の座を与えられそれが竹島不法占領の第一歩となってしまいました。その後の12年間は、日本にとって、いいえ韓国にとっても悪夢の時代でした。李承晩は今現在のそしてこれから政敵になりそうな連中を次々に殺戮して行きました。「済州島事件」では、反政府蜂起鎮圧の名目で島民6万人を虐殺し、島の70%が焼きつくされ焦土と化しました。
(画像も探せましたが、あまりにも残虐なので載せるのをみあわせました)
更には保導連盟事件。李承晩は共産主義弾圧のために「国民保導連盟」作り、114万人を容大量虐殺。1951年2月には老若男女約800名が共産党分子と見なされ、機関銃で殺されガソリンで焼かれました。

この、済州島事件と、保導連盟事件から逃れて日本に来て居着いた在日の人たちも非常に多いのです。済州島からの脱却者の多くは大阪に住み着いたと史料では述べられています。圧政と大量殺戮はあたかも李朝の再来であり、日本が手を引いたとたん、これでした。時間が逆戻りしたのです。
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李承晩は戦争後ほどない日本の混乱期と弱体期を目がけ対馬占領を目論み、首都防衛部隊を南下させ、これをチャンスと見てとったのが北朝鮮の金日成、38度線を突破してソウルへ攻め入りました。要するに東西の冷戦の余波でしょうね。アメリカVSソ連の。

卑怯な李承晩は、避難民で大混乱状態の漢江の橋を爆破させ、自分は米軍基地に逃げ込みました。

朝鮮戦争によって40万世帯が農地を失い、韓国は歴史上最悪の飢餓地獄を味わいます。これをもってしても、日本からの「開放」が果たして、めでたいことであったと韓国の人々は言い張るのでしょうか。民は飢え、女性は体を売り物にしてその日を生き延びている状態でも、李承晩は何と政府予算の半分以上を国防費につぎ込んでいたのです。
 日本の統治時代は逆だった、日本からの持ち出しで朝鮮半島を豊にしていたではないかと、声を大に日本が主張したいところです。このような人物が初代大統領になったことが、その後の韓国の、いえ日韓の運命を暗示していたようでもあります。

李承晩は反日政策を強力に進め、李承晩ラインを設定して日本漁船328隻を拿捕、漁船員3929人を逮捕投獄、死傷者は44人にも登り、日本の漁船員を日韓交渉の人質する悪質さでした。韓国の竹島占領の始まりで、それは今なお続いています。李承晩の始めた強力な反日教育と共に。
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(虐待された日本人漁民)

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その李承晩の流す反日の毒は海を渡って、戦後左翼と言われる岩波文化人、某新聞、●教組を反日の色に染め上げました。彼らはいかに日本が悪い国であったか、手を変え品を変え喚き立てますが、その背後で邪悪な笑みを漏らしているのが、李承晩です。

誤解を恐れず言えば世界の歴史など、全て侵略の歴史ですよ。穏やか極まりなかった日本の統治ばかりがなぜ極悪人扱いされるのか、それはある意味李承晩の作戦勝ちであり、李承晩の思考は今もなお、そういう形で「生きていて」、日本をコントロールしているのです。占領されたのは竹島という島ばかりではなく、ある種の日本人の心が占領されてしまいました。
インドを侵略したイギリスや、インドネシアを侵略したオランダのことには、彼らは口をつぐんでいます。異常ですよ。偏っています。アジア諸国で欧米に植民地化されなかったのはタイと日本だけなのです。アフリカの奴隷貿易が絶たれ、彼らはアジア系に奴隷を求めてやってきたのです。それは紛れもない歴史の真実です。

李承晩は晩年数々の不正がばれて、亡命したハワイで客死しました。
長くなりそうなので端折りますが、歴代の韓国大統領の中では、日本の薫陶を受けた朴正熙元大統領が質素潔癖であったほうだと思います。汚職もなく、私有財産もありませんでした。この方が無事生き延びていれば、韓国は多少は良い方向へ向かったかと思いますが残念ながら、暗殺されてしまいました。
 その朴正煕元大統領の娘さんが朴槿恵大統領ですが、こちらは残念ながらまた「お里帰り」したようで先の見えない暗愚な外交をやっていらっしゃるのではないかと、私などは思います。朴槿恵大統領は、次の父上の言葉をどう聞かれるでしょうか。

「自分は日本の朝鮮統治は悪かったとは思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て強制的に義務教育を受けさした。
すると成績が良かったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。
さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して韓国人である自分が答辞をよんだ。日本人は公平だった。日本のやった韓国統治も私は感情的に
非難するつもりはない、むしろ私は評価している」

むろん、政治家ですからこの言葉をもってして単純に朴正煕大統領は親日家であったとは言えませんが少なくとも日本の良さは理解していたわけです。

日韓基本条約、韓国への日本からの夥しいODAなど、また次の機会に譲りたいと思います。
式年遷宮の一夜が開けて、それはまた新たな日本の今後の20年へ向けての夜明けでもあります。

日本の底力を信じて歩いていこうではありませんか。
さしあたって国民が心を一つに束ねて、東京五輪を成功させましょう。

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【付録】
日本による朝鮮統治の数的事実を知っていますか?

人口 約2倍

1910年 ・ 1313万人 → 1942年 ・ 2553万人

所得 約2倍

1910年 ・ 58円 → 1938年 ・ 119円

小学校の数 約42倍

併合直前 ・ 100校 → 1943年 ・ 4271校

識字率 (文字をよめる)

1910年 ・ 10% → 1936年 ・ 65%

参考文献 『日本帝国の申し子』 著者 カーター・エッカート (ハーバード大教授)
http://www.matsuura-yoshiko.com/arigatou/arigatoNo8.htm

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