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靖国参拝にふと思い、想い巡らせ…

今、靖国神社遊就館では、大東亜戦争開戦70年展Ⅱが開催されています。
今回は昭和17年月のミッドウェー海戦から翌18年後半までの「攻防の転換期」の展示で、
平成25年12月8日までとなっておりますので、お時間の許す方はぜひとも足をお運び頂けたらなと思います。

ご縁があってこの特別展の記念講演会に行ってきました。
「ガダルカナル作戦」で戦った元第2師団工兵第2聯隊・金泉潤子郎氏がお話をしてくださいました。
大正8年生まれだそうです。
文章にしようとすると何か嘘くさくなってしまい、書いては消しての繰り返しでした。
金泉さんが伝えてくれた言葉をそのまま記すことにします。

「私が今日あるのは、皆さんのおかげである。ひとりでは生きられなかった。」

「今日こうやっていられるのも、こういう残された人達があったから。必ず影で支えがあった。」

「亡くなった戦友のためにも、お弔いをしてあげるのが、私たちの務めだと思っている。」

金泉さんは、今年もガダルカナル島へ遺骨収集に行くと言っておられました。

ちょうどこの日に麻生太郎副総理と古屋圭司拉致問題相が、靖国に参拝されたようです。


早速、隣国からクレームがきました。

http://www.jiji.com/jc/zc?key=%cc%f7%b9%f1&k=201304/2013042200817

中韓と摩擦再燃=北朝鮮戦略に影響も-靖国問題(記事一部引用)

安倍内閣の閣僚による靖国神社参拝を受けた中韓両国との摩擦が22日、表面化した。韓国は今週末に予定していた尹炳世外相の訪日を取りやめに。
中国からも参拝に批判の声が上がった。北朝鮮が危機をあおり、日中韓の連携が通常以上に求められる中、政府内には困惑が広がっている。
「それぞれの国にはそれぞれの立場がある。あまり外交に影響を及ぼすべきではない」。菅義偉官房長官は22日の記者会見で、
閣僚の靖国参拝に対する中韓の反発について問われ、平静を装った。

閣僚の参拝に関しては中国外務省も「日本の軍国主義が第2次大戦中に犯した侵略の罪には確かな証拠が山のようにある」(華春瑩・副報道局長)と非難。
日本側が日中関係改善の糸口と期待していた高村正彦自民党副総裁らの訪中も中止となった。
靖国問題で中韓との間に生じた摩擦が、安倍政権の今後の北朝鮮戦略に影響を与える可能性も否定できない。(2013/04/22-21:06)

しかし、この記事の書き方も随分偏った書き方ですよね。
今更ですが・・・。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130423-00000010-jij-n_ame

日韓は冷静対応を=靖国問題
で米国務省
時事通信 4月23日(火)6時39分配信 (記事全部引用)
ワシントン時事】米国務省のベントレル副報道官代理は22日の記者会見で、安倍内閣の閣僚による靖国神社参拝などを受け、
韓国の尹炳世外相の訪日が取りやめになったことに関し、「日韓両国が対話を通じ、友好的な方法で立場の違いを乗り超えるよう期待している」と述べ、
双方に冷静な対応を促した。
ベントレル氏は「日韓の強固で前向きな関係はアジア太平洋地域の平和と安定に資する」と指摘。
それは米国にとっての利益でもあると強調した。

それはそうですよね。
米国は日韓両国と、同盟国なんですから。

そして、
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130423/stt13042309000001-n1.htm
超党派の議員連盟「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・尾辻秀久自民党参院議員)は23日午前、
春季例大祭に合わせて東京・九段北の靖国神社に参拝、国会議員168人が参加した。

随分多くの議員さんが参拝をされています。
これはこれで評価するのですが、何か違和感が。
行かないより行った方がいいに決まっているけれど。

そんな話をしたら、この日一緒に靖国を訪れた友人がこんなことを言いました。
「外国からああのこうの言われないようにすればいいんだよ。
こういう大祭の日とか、8月15日にだけ、こぞって行くから悪いんだ。

中韓が文句を言うのが面倒になるくらい、しょっちゅうお参りに行けばいい。」

ああ、それなのかもしれないなぁ。
フォーマルウエアで昇殿参拝だけがお参りじゃない。
ジーパンでありがとうございましたと、拝殿で頭を下げてくるのも立派な参拝ですもの。
テレビの映像からは何かしらパフォーマンス的に見えてしまうのも、
「今日も来ましたよ。ありがとうございます。」というような、
そういう素直さが感じられないからかもしれません。

Yasukunisannpai


金泉さんの言葉を今一度記します。
「亡くなった戦友のためにも、お弔いをしてあげるのが、私たちの務めだと思っている。」

もっと普段着で、いつもいつも国会議員が靖国で参拝していたら、とても素敵なことだと思います。
それでも麻生さんの後姿はカッコイイ。
隣国が何を言おうと、靖国神社にはお参りしないよりしたほうが良いに決まっている。

Asou_2

そういえば、その友人はいつもこんな話もしています。
「靖国は日本のアーリントン墓地だ。」

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201302/2013022200536&g=pol

アーリントン墓地に献花=安倍首相
22日、米ワシントン郊外のアーリントン国立墓地で、
献花用の花輪を受け取る安倍晋三首相

 【ワシントン時事】訪米中の安倍晋三首相は22日午前(日本時間23日未明)、
オバマ大統領との会談に先立ち、米国の戦没者を追悼するためワシントン郊外のアーリントン国立墓地を訪れ、
無名戦士の墓に献花した。
 ワシントンを訪れた日本の首相は、アーリントン墓地に献花するのが慣例となっている。
 (2013/02/23-12:59)

Abe

洋の東西を問わず、国のために戦った人に最大限の敬意を払うのが常識というものなのですよね。

戦争に良いも悪いもありません。ただ、勝ち負けがあるだけ。

自国のために命がけで戦ったという事実があるだけです。

ワシントンD.C.からポトマック河を渡ってすぐのアーリントン墓地。
毎年3月にポストマッ河畔に咲く桜は、日米の友好のために尾崎行雄が贈ったものでした。

桜といえばやはり靖国。

Yasukuni

昨年12月まで遊就館で開催されていた大東亜戦争開戦70年展Ⅰで、
脚本家の井沢満氏がある日本画に、「君よ桜花に一掬の涙を注げ」という跋文を寄せました。
http://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/f8d3ef30244603840cef6d328650e941

君よ桜花に一掬の涙を注げ

戦があり、いくつもの別れがありました。
防人(さきもり)たちの別れの言葉がそれぞれにありました。

「妻よまだ見ぬ我が子よ、行ってきます。
 生来不器用にして、はかばかしい言葉は残せぬが、
 つきせぬ想いは胸に張り裂けるほど。
 妻よ、君のために、生まれ来る小さき命のために、
 緑の故郷を背に荒野(あらの)へと向かいます。
 親を頼む。子を頼む」

「君に秘めた想いを告げぬまま、僕はあの大空を目指します。
 無骨な戦闘服に包んだ思いのやわらかきを君よ知るや。
 さようなら。ありがとう。君に逢えてよかった。
 逢えなければ 僕は恋を知らぬままだった」

「ふたりきり寄り添って生きてきた妹よ、人形をありがとう。
 小さな手でこしらえた人形は戦闘服の背中にひっそり
 縫い付けようね。
 特攻する時に君の人形がこわがらぬように。嫁ぐ姿を
 父親がわりに見られぬ兄を許しておくれ。
 幼き妹よ。泣くな。元気で幸せに生きておくれ」

「拝啓母上様。笑顔でうち振る日の丸の、小旗のその陰で、
 胸のうちなるすすり泣き、わたくしは聞いていました。
 生んでくださってありがとう。
 あなたに頂きし命ゆえ、あなたを護るために使います。
 息果てるその間際には、母上様の名を叫びましょう。
 お母さん!と」

「国に次の花咲く春にはもういません。
 桜吹雪の花影に、こんな男がいたことを
 思い出してください」

御国(みくに)を護(まも)るは、大切な人々を護ることだと信じた。
日出ずる国の民の誇りを胸に行ってきますと手を振った。

靖国で逢おうね。

ほろほろと、薄桃色に煙りながら散る、ひとひら、また、ひとひら。
花びらの身じろぎに防人(さきもり)たちの声が聞こえるような。
散った命を惜しむのかなつかしむのか、花は散る散る靖国の庭に。

散華(さんげ)の頃は思い出してください、今なお遠き異国の氷雨に打たれ、
祖国へ帰る日を待ちわびる防人たちが横たわっていることを。

命絶える時、彼らが虚空に差し伸べた手が掴んだものはきっと愛。

泥土(でいど)の道に倒れ伏し、わたし達のしあわせを防人たちは願った。

雨が降り注ぎ、風が吹き抜けた。
雪が防人を覆った。そこには何事もなかったように。

季節めぐり花の扉がまた開いたら、君よ舞い散る桜のひとひらに
一掬の涙を託してください。

Sakura_2

とりとめのない、想いをつづりました。

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コメント

「ガダルカナル作戦」で戦った元第2師団工兵第2聯隊・金泉潤子郎氏がお話をしてくださいました。
昭和8年生まれだそうです。

   ↓

大正8年生まれ

修正いたしました。 ご指摘ありがとうございます。

投稿: tomiyo | 2013年4月30日 (火) 12時16分

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