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歴史に学ぶ~兵学者。吉田松陰5

佐久間象山の下で学び始めた吉田松陰は、象山からオランダ語も学ぼうとしていました。
外国の書物(当時はオランダ経由なのでオランダ語で書かれていました)を読むために必要だったのでしょうが、松陰はこの時点で、外遊をしようとしていたことが窺い知れますよね?
前稿にも記しましたが、江戸遊学での猛烈なスケジュールで、あらゆる有名私学を一気に学びました。
そこで生涯の師となる佐久間象山に出会います。

 そして、その佐久間象山がまたぶっ飛んだ人だったようです。
何度打たれようとへこたれず、びっくりするくらいの高慢さです。
常に上から目線で、「俺がいるから日本は大丈夫だ。俺の言っていることは正しいのだから、頭を下げる必要は無い。」など、上下関係も全く意に介さずという生き方をしています。
そして象山自身が、「己は狂である。」といっているくらいなのです。
 よく街づくりには「若者・ばか者・よそ者」の三つの者が必要だといいますが、新たな国をつくるに等しい幕末の動乱期にも、同じことが言えたのだと思います。
ただ街づくりの「ばか者」よりももっと熱を持ったばか者が、象山のいう「狂」だと私は理解しています。
佐久間象山の「狂」をそのまま受け継いだ吉田松陰。
この二人は、赤い炎をあげている「狂」であり、静かなる青い炎をあげているのが同じく佐久間象山の弟子の勝海舟なのではないかと思います。
 いずれにしても「狂」という「熱」を持ったわずかな人々が、
命がけで走り抜けたことによって、日本は独立した国家として繋がったといえます。

 さて松陰は、佐久間象山に弟子入りする前に藩に申請を出していた東北への遊学ですが、許しは出たものの身分証明書の発行が間に合わないという事態になりました。
松陰は「脱藩」してしまうのです。
普通に考えれば、「パスポートが出なけりゃ、旅はできんだろう?」ですよね。
「狂」の人ですから、ものの考え方が違うのです。
 なぜ脱藩したのかといえば、他藩の友達との約束を破るわけにはいかないというものでした。
松陰の理屈はこうです。
「他藩の人から長州人は優柔武断だといわれる。長州藩を恥ずかめることになる。脱藩は藩に背くようだが、罪に問われるのは自分だけである。藩を辱めるわけにはいかない。」
 そしてもうひとつ松陰にとっては、どうしてもはずすことの出来ないことがありました。
東北遊学は親友宮部と亡き兄の仇討ちを目指す江幡五郎と、同行することになっていました。
出発日と決めていたのが、赤穂義士討ち入りの12月15日。
山鹿素行から兵学を学んだ赤穂義士への尊敬と、江幡への激励をこめたこの日をはずすわけには、どうしてもいかなかったのです。

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