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歴史に学ぶ~兵学者・吉田松陰 その2

山鹿流兵学者の家に生まれた松陰は9歳までの臨界期に、徹底して兵学をインプットされました。

だからこそ10歳にして明倫館の教壇にたち、11歳の時には藩主毛利毛利慶親の前で山鹿流兵学の祖・山鹿素行の『武教全書講章・戦法』を講じました。そして23歳の若さで免許皆伝となりえたわけです。

森田義彦著・兵学者吉田松陰には、「慶親の前で講じたものは、常識的に考えて、玉木文之進たちが覚えこませたままの内容を一生懸命暗唱しただけであっただろうし、実際の講義録を読んでもその中身に彼(松陰)ならではの独自性は見られない・・・」とあります。

意味など解らなくてもいい、とにかく徹底的に覚える。

大量な情報がなければ、それを加工することも繋ぎ合わせることもできません。

自ら学ぶことや自由な発想は、まずは大量なインプットが必要であるのです。

私は現在の学校教育には、このインプットが圧倒的に足りないのだと思っています。

さて、この詰め込み教育が問題だということで、中曽根政権時代に臨時教育審議会で3年間の議論の末出来上がったゆとり教育ですが、もともとは日教組が週休二日にして自分たちにゆとりをということが発端でした。

ですからゆとり教育の柱は2本あり、一本が週5日制の導入、もう1本が総合的学習の時間です。

私はこの総合的学習の時間の導入は、良い政策であると評価をしています。

自ら調べる、疑問を解決していく過程で学習の広がりがあるなど、また地域社会のなかに入り込んでの学びにも、子供たちが得るものは大きいと思っているのです。

生涯学習の一部に学校教育があるという考え方なのです。

私が学び舎にしている尾崎行雄記念財団の主催する咢堂塾の12月の講師が、ゆとり教育の発案者で現在京都造形大学教授の寺脇研氏でしたので、いいタイミングでお話しを聞けました。

私は寺脇氏の講義を聞くのは3回目でしたので、復習という面でちょうど良かったなと思っていますが。

「総合学習は週に1~2時間なので、あとは今までと同様の勉強をしている」ということなのですが、私が引っかかっているのはそこなのです。

今までと同様なことではいけないと思うのです。

臨界期までに徹底した読み書きそろばん教育ができるかできないか・・・わが身を振り返り思うのは頭の仲の引き出しの数の少なさです。

とくに読書量がものをいうのではないかと思いますが、吉田松陰の読書量は半端なものではありません。

特に吉田松陰を形作った背骨の部分が山鹿流の兵学でありますから、幼少期には相当な分量の山鹿流の書物を暗記しているはずです。自分の考え云々の前に、先ずはインプット。

このルールは先人の偉業で実証済みです。

さて、その山鹿流とはいったいどんなものだったのでしょうか。

ウキペディア

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E9%B9%BF%E6%B5%81

(全部引用)

山鹿流(やまがりゅう)は、山鹿素行によって著された兵学(兵法)の流派。

諸藩でも普及しており、肥前国平戸藩では山鹿素行の一族の山鹿平馬が家老に、素行の次男である藤助が兵法師範に採用されて山鹿流が伝来している。長州藩では吉田松陰が相続した吉田家は代々山鹿流師範家であり、松陰も藩主毛利敬親の前で「武教全書」戦法偏三の講義を行っている。実の叔父にあたる玉木文之進も山鹿流兵学に明るかった。(萩市史第一巻)。また、筑後国柳河藩でも山鹿流兵法師範がおり、文久年間に柳河藩士卒が山鹿流に編成されている。

こちらのHPに詳しく書かれておりました。

http://www2.ocn.ne.jp/~saigouha/kuden/kuden39.html

(一部引用)

山鹿流の特徴は、単に戦術に重きを置いた軍学ではなく、戦乱の世から離れてしまった武家社会に於て、本当の武士の生き様とは如何なるものかを探究し、武士道精神を啓示した特異な流派でもあった。山鹿流の精神には、戦術を教える『武教全集』と技術面の部分を除けば、『葉隠』にも共通した箇所があり、武士の道義的心得が貫かれていた。

この山鹿流は「諸学を兼ね修める」という流儀であったため、松陰は長沼流山田亦介の門をたたきましたが、そこでアジア諸国に起こっていることを知ることになりました。

アヘン戦争を知ることになったことが、松陰を動かすきっかけになったのでしょう。

亦介に学んだ松陰は数え年17歳で記した「異賊防禦の策」で、孫子の「兵を用ふるの法、其の来たらざるを恃む無く、吾の以て之を待つ有るを恃み、其の攻めざるを恃む無く、吾の攻む可からざる所有るを恃むなり。」を引用し、平時にあって有事の備えをせよという大原則を示しています。

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コメント

この連載を続けて、来年は日本論語研究会で90分講演してください。
良い内容です。
そして本を出しましょう。まず、電子本で。

投稿: 田村重信 | 2012年12月30日 (日) 09時57分

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