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世界平和を唱える大嘘つきたち

新年早々気になるニュースが飛び込んできました。

原爆慰霊碑に金色の塗料 広島・平和記念公園

同署によると、慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻印された文字をなぞるように塗料が吹き付けられているという。 

(一部引用)

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犯人がどういう趣旨でやったのか解りませんが、ごく普通の感覚があれば慰霊碑に悪戯など出来ません。

先の靖国神社の放火事件にも通じる、日本人の矜持としての問題ですから。

早く犯人を捕まえて欲しいものです。

さて私はこの「過ちは繰返しませぬから」という文言に奇妙な違和感を毎回感じています。

主語が無く、「誰が」過ちを繰り返しませぬからというのが明確では無いからです。

このままでは「安らかに眠ってください。私たち日本人はおろかな過ちを二度と繰り返しませんから」」としか読めないでしょう?

不必要な原爆を投下したのはアメリカです。あたかも、日本人の罪だというすり替えが行われています。

私なら「安らかにお眠りください。」と記し、その下に「アメリカの原爆投下による戦災者」と書きたいのです。

子どもの時からその事はずっと思っていました。

東京大空襲も、ヒロシマ・ナガサキも、下田空襲も、すべてアメリカがやったことなのになぜアメリカは非難されないのか。

昭和20412日(日)の下田空襲で父の弟(私の叔父)が亡くなりました。当時父は6歳、弟は5歳。空襲の前日戦時中であるのに珍しく伊勢海老が手に入り、味噌汁にして皆で食べたそうです。「兄ちゃんうまいなあ。兄ちゃんうまいなあ。」何度も父に言いながら嬉しそうに食べていたそうです。

父が存命中は毎年412日には仏壇に伊勢海老がお供えしてありました。

手を合わせるその背中には、身近な肉親を失った慟哭が垣間見えました。

父の背中はいつでも泣いていました。

父の弟が死んだのはアメリカによる爆撃であるというのが、我が家の「客観的事実」なのです。

私の叔父にあたる方が亡くなったのは、日本が戦争をしたのが原因だというのなら、それはアメリカから見た主観的事実でしょう。(私は反米ではありませんので誤解なきよう)

私は広島原爆の慰霊碑に主語がないというのがとてもずるいように思うのです。

あの戦争が「過ち」であったのかどうか、少なくとも二種類の検証が必要で、その双方の提示が必要なはずです。

選択はもちろん個人の自由でしょう。

しかし、これでは押し付けです。

過ちとは誰が何に対しての過ちなのか、それを明確化しなければならないと思います。

この碑文とリンクして「原爆を許すまじ」という反戦歌があります。

私たちの世代は知りませんが、母の世代はいまだ歌えるほどにも日本中にある時期流され続けた曲だそうです。

子供の頃にこの歌を刷り込まれ続けたのが団塊の世代かと思われます。

団塊の世代の反日的な危うさはこんな所にも起因しているのかも知れません。

この歌の作られた経緯:1954(昭29)年31日、アメリカは、中部太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で水爆実験を行いました。

静岡県焼津のマグロ漁船・第五福龍丸が死の灰をかぶり、久保山愛吉無線長が亡くなりました。

第五福龍丸被爆のニュースとともに、反原水爆運動が一気に盛り上がり、原水爆禁止署名運動が生まれました。

この年の728日にこの歌が発表されました。

東京大井の町工場の労働者の浅田石二さんが作詞、都立日比谷高校の社会科教師の木下航二さんが作曲です。

アメリカに向けて言われるべきことが日本人に対して言われ続けた、それは碑文と同様です

そして、このような情緒的請願がいかに無意味であるか、その後中国が50回にも及ぶ核実験を行ったことで端的に分かりますね。

北朝鮮のミサイルは、この歌を聞いたからといって日本から射程を外すでしょうか?

まさに反日国にとっては「しめしめ」状態ではないでしょうか?

折りあらば、日本を侵略しようと虎視眈々の国家にとっては、原爆の碑文といい、この反戦歌といい、もっけの幸いで日本人がさぞかし、お人好しの間抜けに見えていることでしょう。

碑文の文言は簡略ですが、第二次世界大戦の検証論に関わる大切なポイントです。

日本語特有の主語不在文は詩歌には優れて有効な文章ですが、責任の所在文には不向きです。

この碑文も、主語抜きに心情を駆り立てる情緒文で、戦争という超リアリティに真摯に向きあう文章としては、情緒的に過ぎ甚だ不適切なものです。

毎年、86日には平和記念式典が開催され原爆が投下された午前815分には黙祷が捧げられています。

式典では、市内中学校、高校の吹奏楽部による「ひろしま平和の歌」の伴奏、広島市の合唱団等による合唱が行われています。

あたかもサブリミナル効果のように日本人に刷り込まれる危険性があります。

「戦争は悪い。その戦争を日本人はした」と刷り込まれていきます。そして「悪いことをした日本人の国は嫌いだ」という日本人が増殖していくのです。

戦争には良い戦争も悪い戦争もありません。あるのは勝ち負けだけです。

国家のある価値観と力関係で生じるもので時には避けようとして避けられない、それは単なる「事象」です。

戦争はいけない。それは真実です。

しかし、半ば天災のごとく、戦争は現実として常にそこにあることは忘れてはいけません。

世界中から戦争が無くなればよい、これは人類究極の悲願です。しかし、その悲願を抱かぬ国家が現実に存在する限りは、祈りは無力です。

お題目で世界平和は実現しない現実があるのです。

以前も何度も論争になっていますがここで問題点を整理してみましょう。

反対派意見:日本に原爆を落としたのはアメリカなのに、太平洋戦争を引き起こしたのは日本がすべて悪い、その結果としての犠牲者が広島や長崎の市民だと言わんばかりの文言である。

賛成派意見: 広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。

『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない。

実はこの賛成派意見はこの文言を考案した雑賀忠義氏自らの発言です。

この文章を読む限り、原爆投下の責任は広島市民が主語になるというのでしょうか?無差別に非戦闘員を原子力爆弾投下で日本人約14万人殺害したアメリカにたいしての主語では無いという事ですよね。

これはインド人法学者のラダ・ビノード・パール氏(極東国際軍事裁判の判事)は、1952113日から4日間、講演のため広島を訪問。

慰霊碑を訪れる前日4日の講演(世界連邦アジア会議)でも、「広島、長崎に原爆が投ぜられたとき、どのようないいわけがされたか、何のために投ぜられなければならなかったか。」と、原爆投下と、投下を正当化する連合国側の主張を強く批判していていました。

そして5日に慰霊碑を訪れた際、献花と黙祷の後に、通訳を介して碑文の内容を聞くと「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」と、日本人が日本人に謝罪していると解釈し非難した事に対する、雑賀忠義氏の抗議文章です。

戦争というのは、どちらかが絶対悪という事はあり得ません。 双方の国益がぶつかって発生するものです。もちろんアメリカにも言い分はあるでしょうし、日本にも言い分はあります。

19702月に複数の広島市民が「原爆慰霊碑を正す会」を発足させました。

会長の岩田幸雄氏は、「碑文は屈辱的で20数万人の犠牲者の霊を冒涜しているので抹消を求める」と宣言。10万人署名運動を展開しました。

これに対して当時の広島市長・山田節男氏は「碑文は変えない。碑文の主語は世界人類であり、人類全体への警告、戒めである」と公式発言しました。

世界人類?

何でしょう?それは。

その世界人類には広島市民は含まれるのでしょうか。それならば、やっぱり原爆犠牲者は加害者の一員なのでしょうか?

戦後日本の自虐史観のまさに典型的な発言だったと思います。

慰霊碑の文言が「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」 では無く「どうぞ安らかにお眠りください 過ちは繰返させませんから」ならまだ理解できます。

日本の神道的考えでは死者の御霊は生きている人間より格上の存在です。丁寧語では無く尊敬語を使うべきでしょう。

広島、長崎はある意味特殊な街で、子供たちは学校の勉強する時間を割いてまで、小学生から高校生まで徹底的に『平和学習』と言う名の洗脳教育を受けさせられています。

何故日本が戦争したのか? とか具体的な学習は一切なく、徹底的に「平和は大切」「平和は大切」と教え込まれます。

偏った平和教育ほど無残なものは無いと思います。

何故歴史の「客観的事実」を双方向から教えないのでしょうか?

広島市が「世界人類が主語だ」と言うなら、それをきちんと明記するべきでしょう。

この原爆慰霊碑に戦後の教育の歪みが顕著に現れていると感じるのは私だけでしょうか?

この慰霊碑自体の文言が、碑文に込められた「平和への誓い」から逆行しているのではありませんか?

日本人は全てを自分のせいにして真摯に反省してくれる。他国にとってはまことに、都合のいい扱いやすい国家であり人種です。

その見くびられ方が現在の在日特権にも、中国の不当な援助にも繋がっているのだと思います。

 

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日本の政治問題」カテゴリの記事

コメント

田坂さんの命がけのブログから、多くのことを
学ばせて頂いています。プロフィールのお写真が
お三味線を弾かれる田坂さんのお姿に。。。
和の世界も、お似合いで素敵です!

投稿: たんぽぽ | 2012年1月 5日 (木) 02時20分

日本が戦争に負けたこと、原爆を落とされたことを「過ち」と言うのならば、「過ちは繰り返しませぬ」というのは「次は勝ちます。二度と日本に原爆を落とさせません」という意味でしょうw

投稿: fetia | 2012年1月 5日 (木) 05時41分

世界市民ってこんな時代から馬鹿左翼が使っていた用語なんですねえ。
原爆を許すまじって曲は初めて聞きましたけれど、何?この怨歌?
そして作曲が都立日比谷高校の社会科教師の木下航二wobbly音楽の教師でもない「社会科」教師が作曲?
おもいっきり日教組テーマソングだし、音階も旋律もロシアの曲臭く、腐敗臭が。annoy
こんな暗い曲調を聞かされたら団塊もおかしくなるかもですねえ。混声合唱団が歌っているのも小賢しいですねえ。
fetiaさんのご意見に賛成しますよ。
この姑息な文章。
何故公募とかそういうもので選ばれなかったのかも謎です。
雑賀忠義って英文学者で戦前は思いっきりキチガイエピソード満載のおっさんなのに。

開戦の時、広島高校教授、英文学者の雑賀忠義が廊下へ飛び出してきて頓狂な声で「万歳!」と叫んだ、と、林勉の文章から引かれている(『学徒出陣の記録』中央公論社)

http://kotobank.jp/word/%E9%9B%91%E8%B3%80%E5%BF%A0%E7%BE%A9

ああこうやってどんどん変な方向へ教育していくのが教師なのね。子供は教師を選べないからせめて親が偏向教育されていないか注意しないと。
物騒な世の中ですわ。

投稿: 名無しさん | 2012年1月 5日 (木) 10時41分

「世界人類」等という言葉は、「中華」などという意識(アメリカもそうでしょ)を持つ国があるかぎり幻の言語です。
幻を主語には出来ないことすら分からない人たちって、結局
頭が悪いのだと、最近とみに思います。
アホに穏やかな言語は通じません。鞭で教えこみつつ蹴散らして先へ進むしかないです。

投稿: たのかえる | 2012年1月 5日 (木) 11時55分

たんぽぽさん、コメントありがとうございます。

命がけなんてそんな大袈裟なものじゃありません。
普通に言わなければならないことを言う、ただそれだけです。
お会いかぶりすぎですよ^^;
たんぽぽさんに和を褒めて頂けると、とても嬉しいです。
ありがとうございます。

*********

fetiaさん、コメントありがとうございます。

そういう解釈も出来るかもwww
私、まだまだ奥行きが足りませぬ。
今後ともご指導くださいますよう。
それから、私のブログ「月見櫓」の記事で取り上げて頂きまして、
とっても感謝いたしております。
m(_ _)m

*********

名無しさん、コメントありがとうございます。

日教組の策略でしょうね。
暗い気持ちになることうけ合いです。
私も雑賀忠義という人物を調べてビックリでした。
全くいただけません!
一刻も早く教育改革をしなくちゃなりません。
今のところ、義家先生に頑張ってもらうしかありませんね。
他に頼りになる人いないのかしら・・・。

************


たのかえるさん、コメントありがとうございます。


理想と現実とは違うのです。
きちんと現実を直視した上で、
日本の国益とはなんなのかを最優先に考えるのが、
国会議員の仕事なのではない出ようかね。
自民党の国会議員、しっかりせぇやっ!!!

投稿: tomiyo | 2012年1月 5日 (木) 12時22分

たさかとみよ様

はじめまして。
まさやんと申します。
私も政治・世直しランキングについ先日参加した者です。
新参者ですが宜しくお願い申し上げます。

政治のランキングを見ていたら、あなた様のブログを発見。
若い頃、三島に住んでいたことありまして下田もよく遊びに行きました。
懐かしく思い拝見させてもらいました。

記事を読んで私も原爆ドームの悪質・理解不可能な悪戯。
私も記事に書こうか?と考えたほどでした。
日本は戦後67年、戦争はありません。
逆に平和ボケしてない?と思うほど。
ドームの悪戯もひどすぎます!
なんだか最近の事件、理解不能な事柄が多すぎます。
人々の心理というか心が病んでいるのですかね。

これからもあなた様のブログ記事、勉強のため拝見させてもらいます。
突然のコメント失礼しました。

投稿: まさやん | 2012年1月 5日 (木) 20時16分

まさやんさん、コメントありがとうございます。

記事を読んで私も原爆ドームの悪質・理解不可能な悪戯。
私も記事に書こうか?と考えたほどでした。
 
    ↑

どうぞお書きになってください。
たくさんの方が発信したほうが良いに決まっています。

私こそまさやんさんのブログで、学ばさせていただきます。
カツ!されないように…

投稿: tomiyo | 2012年1月 9日 (月) 14時08分

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