« 下田の歴史 私のルーツ その11 ハリスとお吉の話 | トップページ | 「ゆきの、おと」  下田応援団 »

国家の友情と政治

Hinomaru3_2

今日1223日は今上天皇陛下の満78歳のお誕生日で祝日です。

日本の第125代天皇陛下なんですよね。

125代も綿々と続く天皇家がいつまでも尊敬される皇室でありますように。

大変な激務の中、お体を労って頂きたいと思います。

心からお慶び申し上げます。

そして東宮御一家が天皇陛下、皇后陛下をお支え頂けますよう祈らずにはいられません。

さて先日の記事にも書きましたが、この日はいわゆるA級戦犯が処刑された日でもあります。

極東軍事裁判で起訴されたのが28名で1946年(昭和21年)429日(昭和天皇の誕生日)です。

そして絞首刑を受けた日が1948年(昭和23年)1223日(今上天皇の誕生日)です。

これは決して偶然の日時ではありません。

GHQが仕掛けた、日本の皇室への無言の圧力でしょうね。

お誕生日が来るたびに苦い思い出が蘇るように。

日米は現在同盟国でそれはとても大切なことですが歴史の「客観的事実」としてこの日時は覚えてください。

お誕生日を迎えるたびに、天皇陛下と未来の天皇、お二方共に、慚愧(ざんき)の思いをを噛み締めるように、苦い思い出が蘇るようにと、その狙いです。

二度と戦ってはならない、我々白人に対し二度と黄色人種風情が逆らうなという無言の圧力です。

310日の東京大空襲は「陸軍記念日」の日です。

529日だったと思いますが、皇居の宮殿が一部焼け落ちています。これは27日の「海軍記念日」に近いのです。

旧日本軍の記念日をあえて狙って攻撃をしてきたアメリカ軍の「狡猾さ、したたかさ」を感じます。

現在の日中・日韓の諸問題も、日本の植民地化、或いは奴隷化を狙ったGHQが巧妙に植え込んだ日本弱体化の種だったのでは無いでしょうか。

武士道の精神性を身につけている日本人を二度と立ち上がらせては、まずいと思ったのでしょうね。

日本弱体化の種が、芽を出し大きく育つための肥料が、日教組の誕生ではなかったのか。私はそう捉えています。

GHQが望んだ教育内容は、日本人の自信喪失と、誇りの消失です。

日の丸=日本国民を大量死させた軍国主義の象徴、君が代=独裁者天皇を讃える歌。

そう教えこまれる教育はどこにとって都合がいいか考えてみてください。

少なくとも日本のためではないことは明らかです。

アメリカとの関係は遠く黒船の時代にまで遡りますが、不平等条約に始まった関係は、日本にとっては幸せな関係であったとは言いがたいですね。

しかしながら、大切なのは「今、この時」そして「未来」です。

アメリカとの同盟は必須です。

上手くパートナーシップを維持していかねばなりません。

そのための絶えざる気配りは必要ですが、相手の「友情」を外交に期待するのは国家としては未熟です。

同盟国=友情というのは非常に短絡的です。

様々な駆け引きがあってこその「外交」でしょう。

そもそも外交とは資源の角逐なのですから、そこに情緒的要素は不要です。

食うか食われるかのシビアさ、それが交渉のテーブルでは要求されます。

かといって最初から敵視では、お互いの関係がスムーズには運びません。

ずいぶん、日本に対しては腹黒い奸計を仕組んできたアメリカですが、しかしながら幾許かの「救い」はあります。

それはアメリカにはまだしもフェアプレーの精神、正義を尊ぶ率直さが存在しているからです。

あの極東裁判に対してですら舌鋒鋭く、アメリカ側の「不正」ぶりを批判する人がいて、それが咎められず受け入れられるそういう、意味では精神的ゆとりがある国家です。

戦争相手であった日本軍人の果敢さを率直に認める人たちもいます。

端的に言えば、中国、韓国にそれは望めませんね。

しょせん、お互いの国益をかけての「お付き合い」ですからアメリカとも無邪気に仲良くというわけにはいきませんがパートナーとしては決して悪い相手ではありません。

それどころか・・・こんな事は皆様はご存知だったでしょうか?

色々な思いはありますが、私はアメリカに対してやはり友情と敬意は持っています。

それは下田市で毎年5月に行われる黒船祭の歴史があるからです。

式典ではアメリカ海軍が君が代を演奏し、アメリカ兵により日章旗が掲げられます。

逆に海上自衛隊が星条旗を演奏し、海上自衛隊員が星条旗を掲げます。

アメリカ海軍が日本国民を表す日の丸に対し、敬意と友情をもって接しているのを子供の頃からずっと見てきているからです。

12221

アメリカには基本的に「アメリカにおける正義、信頼、公平さ」があります。

世界基準で全て正しいかと言われると違うと思いますが、日本に対してアメリカは少なくとも誠意はあります。

http://photo.jijisama.org/YasukuniG.html

画像はこちらからお借りしましたが靖国神社参拝は海外でもアメリカがトップです。

大東亜戦争で戦った日本の防人たちにきちんと敬意を示して頂いています。

昨日の敵は今日の友を実践しているのがアメリカという国の正義だと思います。

今年の3.11東北大震災でも真っ先に駆けつけて救助してくださった事は忘れてはいけません。

12222 

津波で大きく損傷している仙台空港(使用不可)

建設資材を満載した米軍の大型輸送機が強行着陸。

その結果、その後の復旧作業が本格化。仙台空港は明日から使用可能に。

アメリカ軍「もう大丈夫だ。自衛隊は明日からここに降りてこい」

昭和49年の5月、伊豆半島沖地震の時に陸の孤島となった下田へアメリカ軍が支援物資を運んでくれたこと、私は決して忘れません。

政府の無能さで自衛隊派遣が遅れた仙台空港を開いて復旧を早めてくれたのはアメリカのお陰です。

何を優先すべきか臨機に対応できるのでしょうね。

場数を踏んでいる軍隊ですから。

安全確認は大事だけど、緊急時にはそれを優先してる場合では無いという判断です。

菅前首相の震災時の発言まとめ。

「最悪の事態になったときは東日本がつぶれることも想定しなければならない」

「僕はものすごく原子力に詳しいんだ」

「そういうこと(最悪の事態)に対する危機感が非常に薄い」

「この問題に詳しいので、余計に危機感を持って対応してほしいということで(15日早朝に)東電に乗り込んだ」

首相の思いつきの単なるパフォーマンスが、その後の復旧計画を大きく狂わせてしまった事は忘れてはいけません。

そして当時財務大臣だった野田総理が復興を遅らせた張本人であったことも。

東京裁判(極東軍事裁判)の判決にさえ疑義を出すアメリカ人がいることはすでに述べました。

その疑義が許される言論の自由な国、懐が広い国でもあります。

従軍慰安婦強制連行の疑義を出した韓国人が逮捕拘束されました。

報道によると、検挙された男性は今年の8月18日から28日の間に6回にわたって掲示板に「自発的な売春から人身売買の被害者に変わったのが慰安婦事件、だから日本は謝罪しない」

「なぜ今日本政府が慰安婦に補償しないといけない?」などと、韓国における従軍慰安婦問題の主張を真っ向から否定する書き込みをして、検挙された。(一部引用)

自由な考えをインターネットで述べただけで逮捕されてしまうお国柄というのは、

韓国は中国や北朝鮮と同じ「言論統制」国家なのでしょうね。

アメリカは日本への友情もあり、信頼出来る国です。

ただし外交は別問題です。

外交は駆け引きで自国の国益を最優先するものなのですから。

それを今の政権はきちんと解っているのでしょうか?

ブログランキングに参加しています。
貴方の応援クリックが明日の活力になります。

 ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 政治ブログ 政治家(市区町村)へ
にほんブログ村

|

« 下田の歴史 私のルーツ その11 ハリスとお吉の話 | トップページ | 「ゆきの、おと」  下田応援団 »

一個人として」カテゴリの記事

日本の政治問題」カテゴリの記事

コメント

最近のブログ、内容があって勉強になります。

今日の今上天皇陛下の満78歳のお誕生日にふさわしいブログです。

日本の安全保障を考える上で、重要な日米同盟への論究は賛成です。

こうした「自分の考え」をしっかりと持った田坂富代下田市議会副議長は凄い人だと思います。

政治家(市区町村)人気ランキングhttp://politics.blogmura.com/politician/
の一番だけのものがあります。

今後とも日本を良くするための発信をお願いします。

投稿: たむたむ | 2011年12月23日 (金) 05時53分

田坂先生、おはようございます。
今日は、陛下のお誕生日でありますが、東條さんを初めとするΑ級被告とされた方々のご命日でもあります。
すめらみこといやさかを祝うのと同日の、とても悲しい日でもあることを、我々日本人は記憶しなくてはいけません。

東條さんを描いた映画「プライド 運命の瞬間」が今年、やっとDVDになりましたので、田坂先生はじめ、ご覧いただきたいと思います。

さて、皇居の宮殿の一部が焼け落ちたのは、25日の山手大空襲じゃなかったかな、僕もうろ覚えですが。
いずれにしても海軍記念日に近い。
これは小堀桂一郎先生の「雑誌 正論」論文で読んだ記憶があります。

5月3日も、何かの記念日だか誰かの誕生日に、間に合わせようとしたんじゃなかったかな?
忘れちゃいました。
詳しい方、フォローお願いします。

投稿: まろん | 2011年12月23日 (金) 07時37分

まろんさんに触発されて「東京大空襲」について調べて見ました。私の父は浅草生まれで生家が大きな被害を受けています。
茨城の水戸に疎開していたので父は無事でしたが、高校は水戸第一高校に通っていたようです。
>1945年(昭和20年)3月10日、4月13日、4月15日、5月25日の空襲は大規模であった。
>5月25日には、それまで空襲を受けていなかった山の手に470機ものB29が来襲した。皇居も被災し宮殿が焼失した。これにより死傷者は7415人、被害家屋は約22万戸と3月10日に次ぐ被害となった。 また当時、東京陸軍刑務所に収容されていた62人のアメリカ人捕虜が焼死している(東京陸軍刑務所飛行士焼死事件)。
>被害規模
当時の警視庁の調査での被害数は以下の通り。
死亡:8万3793人
負傷者:4万918人
被災者:100万8005人
被災家屋:26万8358戸
なお人的被害の実数はこれよりも多い。上記の被害数の死者数は、早期に遺体が引き取られた者を含んでおらず、またそれ以外にも行方不明者が数万人規模で存在するためである。民間団体や新聞社の調査では死亡・行方不明者は10万人以上と言われる。

非戦闘員だった民間人が10万人も「虐殺」されているんですね。
東京の1/3が焼け野原。
戦争で日本軍が悪かったと教えるのなら、アメリカ軍の行ったこの行為は何だと言うのでしょう?

真珠湾攻撃の非道を言い立てますが、真珠湾で死亡したアメリカ人は戦死2,345人(戦闘員)、民間人57人ですよ。
規模が1754倍も異なります。民間人ベースでは。

これは心得て置かなければいけない歴史の「客観的事実」ですね。非戦闘員であるはずの民間人を殺害するのは「戦争犯罪」であるはずです。

何故そこを詳しく教えないのでしょうか?
歴史の重要性はデーターに基づく「客観的事実」のはずです。

投稿: 冬桜 | 2011年12月23日 (金) 09時45分

たむたむさん、コメントありがとうございます。
前のエントリのコメントにも書きましたが、
下田の歴史を書いているときに色々な資料に出くわします。
その資料から随分と学ぶことが多いです。
書くことによって自分の頭の整理にもなり、その結果なのだと思います。


まろんさん、コメントありがとうございます。

すめらみこといやさかを祝うのと同日の、とても悲しい日でもあることを、我々日本人は記憶しなくてはいけません。
         ↓
天皇陛下の御心を思うと、そのご心痛如何ばかりかと…。
DVD、機会を作りたいと思います。


冬桜さん、コメントありがとうございます。
歴史の重要性はデーターに基づく「客観的事実」は、
教科書のどこにも載っていません。
私達の世代はまだ父母祖父母から聞くことが出来ました。
今の子供達は皆無なのです。
伝えていかなくてはいけません。
客観的事実を知った上での友好であり外交であるはずですもの。

投稿: tomiyo | 2011年12月23日 (金) 18時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 下田の歴史 私のルーツ その11 ハリスとお吉の話 | トップページ | 「ゆきの、おと」  下田応援団 »