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下田の歴史 私のルーツ その9 下田出身の儒者・中根東里 1

プロローグでもご紹介した下田小学校の校歌。

二番歌詞

愛の正長 技の蓮杖 学の東里を育みて

永遠に輝くいさおしの誉れも高き我が下田

ここに出てくる「東里」は、下田出身の儒者(陽明学者)です。

未だによく分からないのですが、論語=古典 陽明学=新派

そんなイメージです。(どなたか図に書いていただけると有難いです。)

校歌を歌っていた小学生当時は、東里?とーりって何?どこの通り?(銀座通りみたいな)

その程度の理解で、小学校開校100周年イベントの際に、

下田出身の陽明学者だというだけ教わった記憶がうっすらとあります。

その後大人になってから、肥田佐左衛門さんの本で、ある程度中根東里の概要を知りました。

それが昨年(2010年)の2月、文藝春秋に3回にわたり中根東里の特集記事が掲載されていました。

茨城大学の磯田道史さんがお書きになっています。

「絶後の詩才を讃えられながら、身を隠すように生きた清貧の儒者がいた」

第1回目はこんなサブタイトルです。

この特集記事を読み進めていくと何故か知らないうちに私の目から涙が溢れてきました。

サブタイトルの文字はは、書家の佐藤青龍先生のようです。(既にここで涙)

夜ごと酔父を迎えに・・・・まるで私の幼いころみたい(ほろ苦い懐かしさもあり)

中根東里という人は、学ぶことや、様々な人間関係に対し、理想を貫いた人物なのだと思いました。

虐待される子に涙

人の人生にはどうしてもかかわれない部分があるという、人間としての哀しさも経験した記述のところでは、

私は暫くテッシュペーパーの箱を手放すことが出来ませんでした。

何も出来ずネグレクトの子供を見続けた経験がある私とっては、

とても身につまされる部分なのです。

その当時は議員の職になくネグレクトに関する知識も経験も足りなかったために、

遠くから見守り続けることしか出来ませんでした。

青少年育成協議会のメンバーに知り合いがいたので、

あの子大丈夫ですか、どうか気にしてあげてください。

そうお願いするしかなかったのです。

幸いその子供は頑張って生き抜きました。

苦しいところを自力で歩んだその子は、とても素晴らしい「生きる力」を今も持っています。

私が政治家として子育て支援よりも、児童虐待に取り組みをシフトした理由はそこに原点があります。

今の日本で、ネグレクトで命を失うかも知れないその子を、人間としてどうして放って置けるというのでしょう?

お腹をすかせて餓死しそうな子どもにに、親にお風呂にさえ入れてもらえない衛生状態の悪化した子どもに、

市町村レベル、県レベルで救いの手を差し伸べなかったら最悪の結末を迎えてしまう可能性があるのです。

子どもは自分で親を選ぶことが出来ません。

だからこそ緊急避難させられる「政治的な力」が必要なのです。

「おまえ、うちの子になれ!」

「あたしをかあちゃんと呼べ!」

ゆきの、おと 井沢満著 より

(とても素敵な本です、読んでくれたら嬉しいです)

今現在の私にできること、

それは政治の場で、問題解決の糸口を探し、具体的に何が出来るのかを考え、

そのための予算をつけることです。

正しく言えば、一地方議員として限りある予算の中から効果的な政策を示し、

子供を死なせないための予算を付けさせる、ですね。

これしかありません。

・・・・中根東里について書くはずが、私の想いが溢れてしまいました。

これから何回かにわけて、書いてみようと思います。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

最近、HPリニューアルしました。

勉強会でご一緒していただいている方が、

偶然つぶやいてくれた中根東里の言葉。

*施して報を願わず、受けて恩を忘れず。

*出る月を待つべし、散る花を追うことなかれ。

を、フラッシュの下に入れてもらいました。

よろしければそちらもご覧ください。

http://www.geocities.jp/tasakatomiyo/

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下田の歴史 私のルーツ」カテゴリの記事

コメント

下田出身の儒者・中根東里、本当の論語の実践家ですね。

下田小学校の校歌作った人はすごい人。

まずい!


『ゆきの、おと~花嫁の父~』(井沢満著)の


「おまえ、うちの子になれ!」

「あたしをかあちゃんと呼べ!」


この箇所書いたら、

涙が出てくる・・・・・・・・・

投稿: | 2011年12月 1日 (木) 12時37分

はじめまして。両親による児童虐待事件のニュースを見て本当に暗い気持ちになります。
何故近所の人や行政が助けてあげられなかったのだろうって。
しつけだと言われたら何も言えませんものね・・・。
たさかさんが発信した内容はとても大切な意義があると思います。政治家さんでこういう視線を持った方がいるんだと感動しました。
子どもを育てることで、親も一緒に育っていく。
それを行政で出来うる限りサポートする。
これが本来あるべき姿だと思うんです。
どこにどの気持ちを失ってしまったのでしょうね。
責任感や義務を履き違えてる人がいつのまにかに多くなってしまった。
これからの日本はどうなってしまうんだろうと本当に怖いです。
日本は日本独自の歩み方があるのではないでしょうか?
今の政権ではグローバル化と言いつつ、日本の良さを潰していっているような気がします。たさかさん、頑張ってくださいね。応援しています。

投稿: 冬桜 | 2011年12月 2日 (金) 17時37分

名無しさん、コメントありがとうございました。
「ゆきの、おと」読まれたのですね。
私の大好きな本です。来春TBSでドラマ化されるとか。
とても楽しみです。

投稿: tomiyo | 2011年12月 2日 (金) 23時59分

冬桜さん、コメントありがとうございました。
悲しんでいる子どもは見たくありません。
どうか笑顔になって、・・・・そう思います。
私にできることは政治の場で力をつくすことしかありません。
レスを打ちながらも泣けてきて困ります。
私の12/2のブログ記事に、
児童相談所全国共通ダイヤルを記しました。
もしもそういうところに出会わせたら、
すぐにダイヤルしてくださいね。
宜しくお願い致します。
0570-064-000

投稿: tomiyo | 2011年12月 3日 (土) 00時07分

水を飲みて楽しむ者あり。
錦(にしき)を着て憂うる者あり。

中根東里の言葉なんですね。
少し調べて驚きました。
大隈重信公の発言と言われる

施して報を願わず、受けて恩を忘れず。

これも東里の言葉からの引用だったのですね。
高潔な生き方をなさった学者さんなんだと再確認しました。
勉強になりました。ありがとうございます。

投稿: 冬桜 | 2011年12月 3日 (土) 19時45分

冬桜さん、コメントありがとうございます。
中根東里という方は、高潔であると同時に、
自分の好きなようにゆるゆる生きられた方だと思います。
自分の根本を知るために始めた下田の歴史探訪ですが、
素晴らしい先人達と出会えています。
ヒントを下さった方々に感謝です。
また、ここを訪れて読んでくださっている皆さんにも感謝です。ありがとうございます。

投稿: tomiyo | 2011年12月 4日 (日) 00時08分

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