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下田の歴史 私のルーツ その8  下田会議

下田の歴史シリーズ、ちょっとお休みしておりました。ごめんなさい。

下田会議について書こうと思って、なにか資料はないかと探しておりました。

黒船社に行ったりしたのですが、別のイベントの話になり資料は探せず、

頼みの綱の「土橋年表」にも1行取り上げているだけで・・・

(土橋先生の所、お尋ねしご教授賜ろうと思います。)

土橋年表

1967年 昭和42年9月14日 下田東急ホテル 「日米関係民間会議」

日米関係民間会議、通称下田会議は、日米両国における戦後初の民間政策対話です。

両国の各界を代表する有識者の参加を得て開催されました。

1967年から1994年まで、日米間の重要な政策課題が生じた時、

継続的に開催されてきました。

日米両国のより対等で活発な日米パートナーシップ醸成の出発点となったと

評価されてきたそうであります。

1994年でなぜ止まったのだろう・・・素朴な疑問が湧いて来ました。

時の政権、自民党が野党の村山内閣でした・・・。

(この頃は新党乱立から、淘汰されていった時代だったのでしょうね)

その後橋本内閣になり自民党の政権に戻りましたが、

下田会議は開催されていなかったようです。

それが今年の2月、2011年2月22日、新・下田会議が東京で開催されました。

詳しくはこちらを・・・http://www.jcie.or.jp/japan/gt/newshimoda/index.html#schedule

そこにはこのように書かれています。

過去10年間、あるいは民主党政権が誕生するまで、

両国の指導者は日米関係はゆるぎないものと受け止めていた。

自民党政権のもとでは、良好な日米関係が築かれていたのですね。

私も含めてですが、そのことに目を向けてきませんでした。

何も無いことの裏には多くの何かがあります。

国民の知らないところで、ご努力をされた方がいたはずです。

開国の歴史から私の根本を知ろうと思い書き始めたシリーズですが、

歴史を紐解いていくと如何に多くの先人に守られてきたのかがわかります。

マスコミからつまらない揚げ足取りばかりされてきた自民党政権が、

私達に何をしてきてくれたのかも知らないのでは、

党員としてお話になりません。国民としてもです。深く反省です。

政治の場にいると有権者の方がが思うより、はるかに激務です。

下田のような小さな自治体にいてもそう思うのですから、

国を動かされている方の働きといったらそれは大変なものだと思います。

それに国を守るという責任がある。

国という枠組みがなければ、私達の命は繋いでいけません。

少なくとも日米関係が良好であった10年は、

どんなことが起こってどんな対応を政治がしてきたのか、

私たちをどう守ってきてくれたのか、しっかりと検証したいと思います。

(私の稚拙な知識の中で思うことは、

民主党の沖縄対応が安定した10年をすべてを壊した、

或いは壊すきっかけとなったということです。)

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

今日若い女の子から、

「田坂さん、我identityって、意味分かんない・・・」

同席していたまだ若いと言いはる男性からも、

「なんか漢字と英語、変だよね・・・」

そう言われまして、「確かに!私自身違和感あるし・・・」

一緒に考えて、「下田の歴史 私のルーツ シリーズ」に変更しました。

◯◯ちゃん、△△△さん、ご指摘&一緒に考えてくれてありがとうね^^

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コメント

下田会議、非常に重要な所に目をつけましたね。

文章もよく整理され、新・下田会議のリンクも良いです。

苦しまないと良いものが生まれません。

この調子でブログ頑張ってください。

投稿: たむたむ | 2011年11月30日 (水) 11時38分

先生、コメントありがとうございました。
下田会議の内容も書きたかったのですが、
その当時の情勢など知らないことが多すぎ、
恥ずかしながらこれから学ぶことになります。
諸事気にかけず普通に日常を過ごせたことは、
ありがたい事だったのだとつくづく思います。

投稿: tomiyo | 2011年11月30日 (水) 17時54分

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