下田の歴史 私のルーツ その7 黒船祭
毎年5月に行われている黒船祭、下田市の一大イベントと言っていいでしょうか・・・
開国の歴史顕彰と日米親善に貢献するために、
昭和9年に始まりました。
以下、聞き取りのため、間違えがあればご指摘をお願いします。
もともとは開港80周年を契機とした観光振興をということで、
当時の下田町助役の森義男さんが仕掛けたものです。
大正14年にバンクロフト大使を迎え、開港70周年記念行事を行ったのがきっかけで、
いろいろなアイディアを練り上げ、各方面の協力を取り付け実現にこぎつけたのでしょう。
話によると当時まだ「ポーハタン号」が米国に現存しているということで、
これを下田に持ってこようという動きもあったようです。
(残念ながら実現できず、取り壊されてしまいました)
第1回の黒船祭はジョセフ・グルー米国大使夫妻を迎え、
日米開港先賢慰霊祭中心にして2週間開催されました。
(昭和9年 4月20日~5月3日)
連日の花火や太鼓を出すなど、町を上げてのイベントだったようです。
歴史の顕彰という名目で、よくぞこれだけのことをしてのけたと思います。
東京汽船、東海自動車、河津川水力電気等から多額の寄付を取り付けるなど、
官民連携の最たるものです。
さて、時代は少し下がり、第17回の黒船祭の計画案の画像です。
(黒船社に行って写メしてきました)
凄いお名前があります
↓
もうひとつ、新聞の切り抜き画像
昭和17年ですね・・・
↓
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追記.1
郷土史家・土橋一徳先生の年表から、
こんな記述が見つかりました。
第1回(昭和9年)の黒船祭の予算 1万円
ヒュッテ黒船(ホテル) 建設費 5万円
ネットで昭和9年当時の貨幣価値と比べてみたら、
どうやらこの1万円というお値段、
現在の1億円から1億5千万円くらいの価値のようです。
現在の下田市の黒船祭に駆ける予算は2000万円位です。
なんとこの5~7倍???
如何に民間が協力したか、スポンサーが価値を見出したかということです。
森義男さんの手腕がいかほどのものか忍ばれます。
民間が出す価値のないイベントになったのか、
それとも民間が公を思う気持ちがなくなったのか、
それは不明ですが・・・
経済状態が悪いからという理由だけで、
寄付金が集まらないわけではないのだと思うのです。
そこには「下田を良くするんだ」という熱意・想い・情熱がないからなのではなかろうか。
熱を持って接すれば、
熱を持って返って来る。
SRSボクシングジムのような想いがないから、
仕事が無いのに寄付なんぞ出来るわけがない。
そういう極々まっとうな応えしか返ってこないのだと思います。
上に立つものの想いこそ、人を動かすのでしょう。
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追記.2
昭和54年の黒船祭、
ロザリン夫人・愛嬢エミリさんと共に、
ジミー・カーター大統領が下田を訪問されました。
(私は高校1年生でした、たぶん・・・w)
市民とのタウンミーティングもあり、
その時の下田はなんといっていいのか・・・大騒ぎでした!
通常の黒船祭と違い、びっくりするほどのSP、
町の中の高い建物(とはいっても3階建てとかで屋上があるみたいな・・)には、
見張り?護衛?の方々が、いっぱいです。
それでもオープンカーでパレードしたんですよねぇ。
下田の町の狭い通りです。
大統領は手を伸ばせばすぐ「そこ!」にいます。
米国大統領って、カッコイイなぁ。
それが単純な女子高生の感想です。
毎年黒船祭で式典が行われる下田公園の開国ひろばには、
ジミー・カーター大統領お手植えの「ハナミズキ」と記念碑の横があります。
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コメント
黒船祭続いてますね。
これも当時の役人が考えたとのこと。
町おこし、これは議員及び役場の職員がどう頑張るか。
市・町・村が活性化するか。
キーは、議員と役場の職員の人間力です。
地方競争の時代は、地域の人間力の競争です。
再度言います、その中心は、議員と役場の職員です。
その自覚と思考と行動の差です。
とっくに中央依存の時代は終わってます。
投稿: たむたむ | 2011年11月24日 (木) 06時08分
先生、コメントありがとうございます。
黒船祭は71回行われています。(72回の今年は、震災の影響で中止)続けるということは凄いです。でも色々な歪も出てきます。
何のために始めたのか。その時の想いは何だったのか。
私たちはその想いを後継しているか。
形だけ立派になっても、想いを後継出来ていなければ意味がありません。
黒船祭も構築し直す時は、もうとっくに来ているのです。
私にできることは・・・
投稿: tomiyo | 2011年11月24日 (木) 08時11分