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ブータン王国の国民総幸福

ブータン国王夫妻が日本を訪れてくださいました。

親日国であるというその裏には、必ず心を尽くされた日本人がいます。

海外技術協力事業団の西岡京治さんは、

生涯をかけブータンの農業に尽くされました。

そのおかげで、国際会議においてもいつも日本を支持してくれているのでしょう。

無礼な発言をする民主党議員がいたりで、困ったもんだと思ったりしつつも、

私事忙しく、記事にするのが遅くなってしまいました。sweat01

私がまだ20代前半だったころ、NHKの番組だったかな、

ブータン王国を取り上げた番組がありました。

その時私は、ブータンに行ったら、私の求める幸せに会えるかも知れない。

ブータンに住もう、そう思いました。(完全に現実逃避したかったのでしょうね。)

そのくらい魅力的な内容だったのだと思います。

日本と似た食文化があったり、家族の絆だったり、

信仰に裏付けされた行動だったり・・・

興味をもつのに十分なものでした。

特に大家族制が元になっている絆は、

憧れと嫉妬、両方を感じられるものでもありました。

(私自身の今の考え方とは随分違いますけど・・・)

そこで、国民総幸福の話。

その番組インタビューで、あなたは幸せかと聞く場面があって、

みんな幸せだというのですね。

今なら話半分に聞くのですけれど、

その時は「ブータンの国民は幸せなんだ」そう思いました。

国民総生産から国民総幸福へシフトしなくてはならなかった理由はあったのでしょうが、

今の日本が必要としているベクトルなのかもしれません。

餓死するような貧困はないけれど、

今の価値基準の中においては多くの人が貧困になっている。

今の価値基準が、人を幸せにする価値基準なのだろうか。

日本に足りないものはなんだろう。。。

現在、ブータン王国、どんなふうになっているんだろうか・・・

やはり近代化の波は押し寄せているようですが、

チベット仏教に裏打ちされた国民の価値観が、しっかりと小さな国を支えており、

国民が幸せを感じられるシステムづくりになっているようです。

形から入るのは悪いわけじゃないけれど、

中身が追いつくにはなかなか大変です。

中身があってこその形で、中身が伴わないと形が崩れていく。

日本としての国の価値をしっかりさせなくては、

国は支えられないし壊れていきます。

古の昔から受け継いできたものは、次の世代に繋いでいかなくてはならないもの。

幸せを感じられない国民であったなら、繋いでいく気にはならない。

今日本が早急に取り組まなくてはならないものは、

TPPとかそんな事ではないかも知れません。

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一個人として」カテゴリの記事

コメント

GDPから国民総幸福という発想がだいじですね。

僕は、ブログで「GDP(国民総生産)からGNH(国民総幸福)へ」(2010年08月16日)を書きました。
http://tamtam.livedoor.biz/archives/51459795.html
ブログより引用

日本でも同じようなことを検討していた。

 それは中曽根内閣時代(1980年代)に、豊かさをGNPとか国民所得の大きさではかっていたものを別の指標ではかろうという試みがなされていた。
 今まで、豊かさというとGNPとか一人当たり国民所得の大きさではかっていた。
 しかし、こうした数値がいくら上がっても人々は、何となく満足感がなく、もの足りなさを感じていた。
 それは、量から質への転換、「ものの豊かさ」から「心の豊かさ」を、より追求する時代に入ってきていたことと関係している。

 当時、総理府の国民生活に関する世論調査や国民選好度指標の推移をみても、国民はものの豊かさより「心の豊かさ」を求めるようになってきていた。

 そこで、中曽根首相の私的諮問機関の「経済政策研究会」(座長・牧野昇三三菱総合研究所会長)の報告では、中期的な経済政策の展望として、新しい政策指標「NNS指標」の導入が必要だとされた。
 「NNS」とはNet National Satisfaction、「国民的満足」の意味。

 「NNS指標」とは、
1、安定度指標(企業倒産、離婚率、ストライキ件数等)
2、アノミー指数(犯罪、非行者数、交通事故等)
3、健康度指数(寿命、罹(り)病率、麻薬常用数等)
4、余裕度指数(労働時間、余暇時間、録地面積等)
5、公平度指数(地域格差、税負担等)
というようなもので、具体的に「NNS」をどうして数値化するかについては、十分検討されなかった。

 今必要なことは、こうした新しいモノサシで、「人の幸福と何か」を、立ち止まって考える時であるようだ。

投稿: たむたむ | 2011年11月22日 (火) 10時29分

先生、コメントありがとうございます。
先生のブログも拝見させていただきました。
いつもご指導いただき感謝いたします。
新しいものさし、「今」なのかもしれません。
だとしたら、何か行動を起こさなくては!

投稿: tomiyo | 2011年11月22日 (火) 23時07分

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