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下田の歴史 私のルーツ その6 日本初の米国総領事ハリスの苦労

ペリーが下田に来たのは嘉永7年、ペリーの日本遠征日記(?)によれば、

下田の清潔で美しい街の様子が書かれているとか・・・。

その後ハリスが日本初の米国総領事として着任したのは、安政3年。

安政の大地震の後です。

安政の地震の時は、下田の街まちは壊滅状態。

蔵が4軒しか残らなかったというのですから、どんな様子であったかと想像すると・・・

地震津波による田畑の荒廃は想像がされるところですし、

そこからとれる食物はどんなものだったろう。

確か肥田佐左衛門さんの書かれた本だったと思うが、

ハリスは日本の野菜が嫌いで、食べ物に困ったという記載があったような・・・

(当時の日本、基本は根菜類です。)

その中でも好んで食べたのは「さつまいも」だったという。

沖を通る外国船から、バターなどを調達していたらしい。

(中国人の料理人が作っていたというから、どんな料理だったんだろう。。。)

ハリスはこのように食事面でも随分苦労があったようだ。

牛乳も初めて飲んだんだよね?日本では。。。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ハリスの本当の苦労は・・・・やっぱりお仕事がうまく行かなかったことでしょうか。

その辺りのこと、後日追記します。

肥田先生の本も確認してきます。

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コメント

ハリスの苦労話、もっと知りたいです。

今後の下田出身の田坂副議長に期待します。

投稿: たむたむ | 2011年11月16日 (水) 22時25分

先生、コメントありがとうございます。
ハリスの苦労について書かれた本が見つかりました。
少し読み込んでこちらに追記してまいります。

投稿: tomiyo | 2011年11月18日 (金) 08時43分

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